雲嵐編:最終話
王都から離れ、日々の食糧さえもままならない状態。
ここで野たれ死ねということか。
そもそも政争にあけくれる朝廷では、僻地の兵など使い捨ての単なるコマでしかない。
仲間は飢えた。戦いよりも飢えで死んでいった。
王都へ物資の補給を求めるために、何度も早馬を飛ばしたが、全く意に介されない。
──妖精よ。戦中、戦後の飢えを今さら経験するなんて。この辛さ、忘れておった。おい、腹がへったぞ。
──実際に、お腹が空いているわけじゃありません。まったく我慢のできない人ですね。それは
──妖精ナンバー1。
──なんでしょう。
──おまえも、この苦痛を味わえ。
──ごめんです。
砂ボコリの舞い上がる干上がった土地で、
貴族たちの専横が理不尽だと考える素養さえない兵たちは、下のものを気遣う
彼がしたことは、おおよそ王都の貴族には思いもつかないことだからだ。
幼い頃、商家に育った彼は商いに目端が利く。根っからの商人だ。
荒地で生きるため山賊まがいの行為をする者は多い。彼の部隊は、国境の砦で商人たちの行き来を警備して小銭を稼ぎ、その上、ちゃっかり山賊のワケマエを盗んだ。
「食べれなきゃ、国も守れねぇ」ってのが、彼の言い訳だった。
部下であり、仲間でもある兵たちは、食わしてくれる彼に尊敬の念を抱く。
最初は百人だった部隊が、いつしか千人に膨れ上がり、さらに増えた。彼らは食うためにも勢力を伸ばす。
一方、イルレン王朝は臣下たちの権力争いにより、老王が
国は乱れに乱れた。
56歳になった
王として自覚したのだ。
辺境の地で起きた王朝を、イルレン王朝の功臣たちは危機とは考えなかった。しょせんは遠い片田舎での出来事だ。
高を括ったために、彼らは大きな代償を支払うことになる。
しかし、王城までの道のりにある砦や城は雲王の評判により無血開城したと聞き、彼らは、はじめて事態の深刻さを知った。
──妖精よ。いったいここは、どこなんだ。急に場所が変わっているぞ。オレが知るのは、
──そっから、
──いい加減すぎないか? ウルトラ面白い戦乱が見れそうだったのに。
──痛い思いをしたいですか?
──へ?
──お忘れかもしれませんが、
──傷を受けたのか。
──ま、
──よか、
なんだか、妖精が皮肉な目でにらんだような気がする。気のせいだ。
──それで、ここはどこだ、いったいどうなったんだ。
──この場所は、
──これまでとは違い、
──単純に年をとったのです。
──女は?
──女って。例の楚々ですかい?
──そうそう、その楚々だよ。
──戦乱のさなか逃亡しました。行方知れずです。山中で賊に殺されたとか、狂って崖から身を投げたとか、いろんな噂があります。
──妖精よ。
──なんでしょう。
──仮にも神の手先。知っているだろう。
ぽよよよよ〜〜〜〜ん。
──お、おい、急に消えるな。
王城の吹さらした塔に、
寒さが身にこたえるはずだが、彼は酒をしこたま飲み、あまり感じてないようだ。
時間は永遠に過ぎていく。
いったい、どれほどの時間を待ち、どれほどの時間を、あの女のために費やしただろう。もう今では何を待っているか、何を探しているのか忘れてしまった。
いつしか雪は止み、雲が切れて星が空を彩る。
酒臭い息を吐く自らに、
笛が奏でる豊かな音色が響いている。隠れた場所で楽隊のひとりが王のために演奏しているのだ。それは、かつての女が崖上で演奏していた曲。
あの日、天には満月が煌めいていた。
泥酔した王は酒に酔ったしゃがれた声で、ささやくように節をつけて歌いはじめる。
扇を広げ、ふらふらした足取りで彼は舞う。
唯だ夢見る、あの
我は生涯をかけ、王になり、名をあげた
我は天を知らず
愚かなり
天に求めたるは、ただあの
いま、ひとり酒に酔う
歌いおわり、酒瓶からラッパ飲みした。
──これが66歳の
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