第4話 神の奇跡
──秘書! この状況から、もし生き延びたとしたら、逃げっぷりがすごいんだな。それにしても、この
──秘書ではありません。妖精です。
──年を取ると、名前を間違えるんだ。たいしたこっちゃない。
──神の御使いさま。とことん、いい加減なんですけど。
外部は月明かりもなかった。これほど見事な漆黒の夜は見たことがない。不思議なのは、視力が闇に慣れるのに、それほど時間が必要ないってことだ。この男、かなり身体能力に恵まれているんだろうな。
「やるしかねぇか。生き延びてこそだ。なあ、楚々よ。生きてこそ、おまえに会えるだろう?」
老将軍をテントに残した彼は、絶望のなかにいる兵士たちのもとへ戻った。
こんなところで死にたくない。死んでたまるか。
「シャオ!」と、彼は直属部下を呼んだ。
「はあ、大将」
「動ける者を全員、たたき起こしてこい」
「しかし、大将。明日の戦いのためには、少しでも体を休ませないと」
「明日はないんだ。わからんか。いま何人、動ける」
「手足が動けない者を残すと、おそらく70人ほどかと」
「残っている十人隊長を呼べ」
「は!」
虫やカエルが騒々しく鳴いている。
砦に残った動ける者たちが、暗闇にゾロゾロと集まってきた。
疲労困憊し、負け戦に絶望する兵たちの前に立つ。
「おまえたち、今からすぐに松明を集めろ! 動けるものたちを3班に分け、敵陣地の西と東に南に散らばるんだ! 合図とともに、松明をあげ、太鼓をたたき、槍を鳴らして声を限りに叫べ。死ぬ気で叫びまくれ! いいか、叫んで叫んで叫びまくるんだぞ! 敵に援軍が来たと思わせろ。これはオレたちが生き延びるための、最後の賭けだ。このバクチに負ければ、明日の
「
「ああ、だからこそだ。北へ向かう道は敵にあけとけ。逃げ道さえ残してやれば、怯えた下の者は逃げる、シャオよ。オレといっしょに来い。それから、おまえと、おまえと、おまえ。名前は」
「おまえたちは、オレと行動を共にしてくれ。もう、この手しかない。暗闇に紛れて、敵陣地のど真ん中に入り込み、いびきをかいてる大将首を、俺たちだけで取りにいく。やるな!」
「は、大将。あなたさまに命をあずけます」
「よっし。必ず勝つぞ!」
兵たちは、かき集めるだけ集めた松明を手に戻った。
彼らは思いだしたのだ。
今回も……。
すっかり打ちひしがれた兵たちに、希望という光が灯った瞬間だ。
「よし、行くぞ! オレに命を預けろ。戦って、戦って、全員で生き伸びて、ここから凱旋するぞ!」
「おおおおおお!」
その夜、すっかり寝静まった敵の野営地が、雄叫びと血飛沫で混乱を極めたのは、その一時間後だった。
三方を松明に囲まれ、援軍が来たと浮き足だった敵軍のなかで、
──ところで、妖精よ。神の仕事って評価だけか? 他にはないのか?
──他とは?
──風を吹かせたり、なんだな。そのこういう場合、こっちが有利になるような、そのちょっとした神の手わざ、ちゅうか。そういうもんだ。
──
──ま、ちと感動した。だから、ちょっと雷でも、敵側に落とすとかな。
──御使いさまが心を動かされてどうするんですか。お仕事は評価です。しかし、まあ、やれないことは……。
──では、ここで雷を落とすとしたら、どうしたらいい?
──それはですね。地上から湿った空気を集めて氷の粒をつくり、氷粒によってできるマイナス電荷とプラス電荷が引き合おうとするまで帯電させてから、すかさず放電するのです。
──小学生か。小学校の理科の実験かっ!
──ま、そんなもんです。
──えっと、つまり、空気中で、えっと、ええい、面倒な!
(雷よ! 敵将軍のテントを打て)
ためしに心で命じて、たまげた。
空の一箇所にモクモクと雲が集まり、氷の粒ができ、そして、放電、いや、雷が落ちたのだ。
ピッカ、ゴロゴロゴロゴロ、ガッシャン!
耳を塞ぎたくなるような大音響とともに、雷がテントを直撃して、結果、テントは火に燃えた。
「おお、天はわれらの味方だ!」と、
彼は、雷と火の粉に大慌てで飛び出したきた敵将軍のふところに入った。
ふいを食らった将軍は、あっけなく首を取られた。
「大将首を取ったぞ!!!」
それから敵軍が散り散りに逃げたのは、言うまでもない。
──か、勝ったか。オレ、つえ〜のか? 神の奇跡って爽快だな。勝っちまった。
──まあ、はい、チートな方法でしたが、ここでは勝利しました。
──なにが言いたい。勝てば官軍と言ったもんだ。なんじゃ、はっきり千回。じゃない、せんかい。
──微妙にせつない親父ギャグ。愛想笑いもしたくないです。
(つづく)
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