3. 負け戦
それから5年の月日が流れた。
「すいません、また外れです」
ディジー王女18歳。
「いい加減にして下さい。我が騎士団最高の弓使いクーガに教わっていながら、何故、外すんですか。我が騎士団最高と言えば、ルピナスで最高と言っても過言ではないのですよ。更に手先の器用なハガが作った弓と矢ですよ? 最高の弓と矢なんですよ、それ」
シンバ20歳。
「外してしまったものはしょうがないでしょう?」
「小鳥がそんなに可哀想ですか!?」
「無駄な殺生はよくありません」
「出ましたね、本音! いいですか、無駄な殺生と言いますが、狩りは戦の模範です。今から死の戦場にも慣れる為にも、小鳥如きに情は不要です。もっと冷酷さも身につけなさい」
「ウルサイぞ、シンバ! お前こそ、冷酷過ぎだ! 姫様の仰せの通りだろう!」
「スイバ、お前、何でもかんでも、姫の仰せの通りで頭下げてたら、戦などできんぞ」
「なにぃ!? シンバ、テメェは姫様に楯突くのか!?」
「オレは姫の為を思って言ってんだよ!」
「いつもの気取り口調どうしたんだよ? えぇ? 私は姫の為を思って言っておられるのです、だろう?」
「なんでオレがスイバに尊敬口調を使う必要があるんだ? お前こそ、オレに尊敬口調で物を言え! そして敬え!」
「なんだと!?」
「なんだよ!?」
「二人共、おやめなさい!」
ディジー王女にそう言われ、オレもスイバもムッとしたまま、黙り込んだ。
「クォックォックォッ」
「ほら、ランも笑っていますよ? もっと仲良くなれないんですか?」
そう言ったディジー王女に、オレとスイバは二人、見合い、大笑いした。
「あら、怒っていたのではないのですか?」
「姫、これが私達の仲が良い証拠なのでございます」
「喧嘩が?」
「姫様、喧嘩する程、仲が良いと言うではありませんか」
そう言って笑うスイバと共に、何故か、笑うような声を出すラン。
「クォックォックォックォッ!」
ディジー王女を背に乗せ、森の中、大地を蹴り、ランは楽しそうだ。
それに比べ、オレのハクレイは地龍ではない為、空を飛びたがってしょうがない。
空を自由に飛べる者にとって、地を這う事はバカらしいのかもしれない。
「こら、ハクレイ、しっかり走れ! 姫に着いて行かねば、取り残されるぞ」
オレがそう言うと、ハクレイは渋々、大地を蹴る。
大地を軽やかに蹴るランとは大違いだ。
だが、元気でヤンチャなランの姿を見るのは、この日が最後になるとは——。
「ランの体調がおかしい!?」
オレが大声を上げて、そう言うと、ランの体調を知らせに来たダンが頷いた。
急いで見に行くと、ランはグッタリとしている。
「・・・・・・おい、誰だ、ランに餌をやっていたのは」
オレはランの傍にある干草を手に取り、そう聞くと、ダンは、
「シイナだよ」
そう言った。
シイナは、ディジー王女の騎士団の中で、唯一の女だ。
スイバの話では、何を聞いても喋らず、素性のわからない者だと言っていた。
オレは女でありながら兵士を志願し、この城に来たのだから、第一王女からも第三王女からも相手にされずに、ここに来たのだろうと思っていた。
それなりの武道の心得もあるようだし、それなりに使えるだろうとも思っていた。
「直ぐにシイナをここに!」
オレがそう言うと、ダンは巨体を揺らしながら、走って行き、そして、直ぐにシイナを連れてきた。
「シイナとやら、この草が何か知っているのか?」
「・・・・・・森でとってまいりました、それを干して、龍の餌にしておりました。龍は生草よりも干草の方が良いと聞きましたから」
「答えになっていない。この草が何か知っているのかと尋ねているのだ」
「・・・・・・いえ」
「これは毒の草だ! こんなもの食べさせてどういうつもりだ! 大体、わざわざ森に草を採りに行かなくとも、餌なら、牧場で幾らでも分けてもらえるだろう!」
オレがそう吠えると、シイナは、
「姫様の龍でございますから、良い餌をと思ってした迄でございます」
シレッとそう言いやがった。
「ふざけるな! 今直ぐに戦が始まったらどうするんだ! ランが使えなければ、姫は戦いに参加できないんだぞ! 我々も戦に参加できないままだ。そうなると、ルピナスの民達が、こちらの事情も知らずに、何と思うか、わかるだろう? 戦に逃げた臆病者呼ばわりされるんだ! 姫をそんな風に言われて平気でいられるのか!?」
「・・・・・・姫様の為を思い、やった迄の事を責められるのですか」
「なに!?」
「姫様を思っての事をやれば、責められるのであれば、ここにいても仕方ありませんね」
「なんだと!?」
「この騎士団から抜けます。では失礼致します」
「な!?」
シイナは一度も振り向かず、サッサと、この場から当然のように立ち去った。
怒り震えるオレをダンが押さえつけてくれなければ、オレは殴っていただろう。
ディジー王女はランが病に倒れたと知り、看病に明け暮れた。
牧場から、オレの父も足を何度も運び、ランの具合を診てくれた。
薬草も効かず、ランは、苦しそうにするばかり。
ランの苦しみを受け止める姫も苦しそうだ。
しかも、そんな時に、ダンガンが戦の準備をする為に、数百頭の馬を仕入れたと言う情報が入り、ルピナスも戦の準備を始める事となった。
ランは、今は使えない。だから、姫は別の地龍で戦に挑む事になる。
そして、ルピナス城で戦の会議が開かれる日が来た。
「では、アタシと共に会議に出てくれる者はシンバとスイバとハガネでよろしいですね?」
姫がそう言い、皆、頷いた。
「ダンガンを落とす前に、目の前の城を乗っ取った方がいいんじゃないの?」
と、スイバはルピナス城を見上げる。
「離れでいるのは、後少しの辛抱だ。我々が戦で活躍し、ダンガンに白旗を上げさせれば、ディジー王女も王の候補へと上がるのだからな、そうだろう? シンバ」
ハガネがそう言って、オレを見る。
「あぁ、でも私はあの離れが好きだ。姫と二人、のんびり楽しかった」
オレは、そう言って、姫と過ごした日々を思い出していた。
「バーカ、もうお前と姫様の二人っきりじゃねぇんだぜ? 俺達の存在もあるって事、忘れんなよ!」
と、スイバはいつもの調子で、オレを突き飛ばす。
「・・・・・・そうだな、皆、出世する為に、ここに来たんだからな」
オレは、オレの真の目的を思い出した。
そう、出世したい。
それがオレの夢であった。
だからこそ、この戦は勝たねばならない!
姫のチカラで!
姫のチカラであるオレ達で!
城の奥にある会議室では、既に会議が始まっていた。
「遅いですよ」
そう言ってジロリと睨むのはアザミ王女。
「すいません」
と、頭を下げるディジー王女。
「ですが、時間より早めに来ましたが?」
何故、こんなに早く会議が始まっているのか、オレは不思議に思い、そう言ったが、誰も答えない。
「あら? シイナさんがいます」
ディジー王女も、アザミ王女の後ろに立っているシイナに気付いたようだ。
どうやら、シイナはアザミ王女に最初から付いていたのだろう。
ディジー王女の龍は立派だと噂も流れている。
それが気に食わぬのか、ランを病に伏せさせたのだろう。
それだけの為に、わざわざ、自分の手元の者を、ディジー王女の騎士団に送り込むとは、余程の兵が集まっておられる証拠。
「良かったですね、シイナさん、アザミ様の所で雇われて、出世したんですよ」
この姫は、どこまで人が良すぎなのだろう。
余り、人が良いと、こっちが苛立ってしまう。
そして、ディジー王女が、椅子に座ろうとした時、
「もう作戦をたてました。ディジー王女、アナタは一軍として、先頭をお行きなさい」
アザミ王女がそう言った。
「・・・・・・先頭?」
そう呟くオレに、
「ダンガンの兵士に迎え撃つ役目です、二軍である我々は、援護射撃に徹底し、三軍であるリリ王女率いる騎士団は城で待機です」
アザミ王女はそう言い出した。
「待って下さい! それでは負けてしまいます! 先頭をとるのは、一番、騎士の多いアザミ王女の騎士団ではありませんか!? 私達は森と山の道をとり、先回りして援護に徹底します! 私達の騎士団には移民族である者達が数人います、大地を知り尽くした連中です。森と山の抜け道は彼等が案内してくれます。それに、龍の扱いはどの騎士団よりも、私達の方が慣れています! 慣れない獣道では、ダンガンの騎士達も遅れをとるでしょう! 森や山の戦闘は私達の有利になります!」
「人数のないお前達に援護が勤まると言うのか?」
「人数がないからこそ、それに見合った戦闘ができます! 森や山付近に駒を置かないつもりですか!? 敵に道を与え、城へ乗り込ませるようなものではありませんか!」
「黙れ! 城にはリリ王女の騎士団が待機している!」
「相手はダンガンですよ! 舐めてかかるのですか! ルピナスよりも大きなチカラを持っているんです!」
「貴様! ルピナスを侮辱するのか!」
「そうではありません! ここは皆で団結しなければ、ダンガンに勝てる保障はありません! 私達が一軍で戦えば、数が少なすぎて、あっという間に負けてしまいます! それはダンガンに何のダメージも与えずに、前へ進ませてしまう事です! 二軍であなたの騎士団がどんなに頑張った所で、相手の数が減る程度でしょう。それに森や山のルートからも、ダンガンの騎士は乗り込んで来ます。リリ王女率いる騎士団が待機していたとしても、ルピナスでの戦いは多くの犠牲を伴う! ルピナスは、まだ・・・・・・まだ小さいんです!」
「フン! 何の心配をしているかと思えば! 確かに、お前達は、あっという間に負けてしまうかもしれぬ。だが、我が騎士団は負けはせぬ。ダンガンの王子の首をとって、天下をとってみせよう!」
「アナタは何もわかっていない!」
「なんですって?」
「誰が首をとるとか、そんなものは、後回しでしょう! ルピナスを守るのが私達の役目ではありませんか! ルピナスの民を! 守って下さるのが、王の務めではございませんか! だから、私達、下の者は王を守る為に命を捧げ、戦うのです!」
「偉そうな口を叩くな! 無礼者めが!」
「言っておきますが! 私達はアナタの駒ではありません! 私達は第二王女ディジー様のは——」
「黙れ! 良いか、これは王も賛成されている事だ! 王からの印ももらっている!」
そう言って、アザミ王女は立ち上がると、オレに、王の印のついた作戦の案の紙を突き出してきた。
「シュロ王も、第二王女の無能さに嫌気がさしておるのだろう」
嘘だ・・・・・・。
こんなの嘘だ・・・・・・。
シュロ王が、何故、こんな戦略も何もない案を認めるんだ?
どうして、こんな、負け戦に決断されたんだ?
嘘だ、嘘に決まっている。
「嘘だ!」
そう吠えた、オレの腕を引っ張ったのは、ディジー王女だった。
「おやめなさい、シンバ。これは王直々の命令。それに先頭を走る事は誰かがやらねばならない事です。その役目、アタシが引き受けます」
負ける。
この戦、負ける。
こんなつまらない戦で!
オレはあろう事か、姫を置いて、会議室から飛び出した。
「おい、待てよ、シンバ!」
「バカ! お前がオレを追って来てどうするんだ! 姫を一人にするな!」
「いや、姫にはハガネが付いてる」
「・・・・・・スイバ、この戦、負けるぞ」
「あぁ」
「こんなつまらない戦で、つまらない第一王女の欲の為に、俺は姫を大事に、大事に育ててきた訳じゃない! こんな所で死なせる為に育てて来た訳じゃないんだ!」
「あぁ」
「オレにチカラがあれば! チカラがほしかった! 王をお守りするチカラがほしかった! 何故だ、何故、第一王女のチカラが、無意味にあるんだ!」
「いやぁ、お前も会議室で、一人、凄かったぞ? あの第一王女に引く事もなく、言い合ってさぁ。お前も大したチカラの持ち主だよ。俺なんて黙って聞いてる事しかできなかった」
チカラは持っていても意味がない。
使わなければ、何の意味もない。
「・・・・・・スイバ、死を覚悟しろ。何があっても姫だけはお守りするんだ」
そう言ったオレに、スイバは、姿勢を正し、
「わかりました!」
初めて、オレに敬語で、ルピナス特有の敬礼をした。
その夜、ディジー王女が寝静まってから、オレ達は、離れの小さな宮殿の前に集まり、焚き火をしながら、会議で決まった事を皆に話していた。
「明日、姫直々に話をされると思うが、オレ達は一軍として先頭を行く事になった」
オレがそう言うと、皆、ざわざわと騒ぎ出した。
「静かにしろ」
と、スイバは皆を静める。
ハガネはまるで無関心で、自分の剣を、皆より少し離れて磨いている。
「・・・・・・恐らく、オレ達は負けるだろう」
呟くように、そう言ったオレ。
また皆、騒がしくなる。
「だが! なんとしてでも! いや、絶対に! 絶対に姫だけは守らなければならない!」
「守るって、どうやって?」
誰もが聞き辛かった事を、きょとんとした顔で聞いてきたのはダン。
「・・・・・・わからん」
オレは、また呟くように言った。
「なぁ、この際、第一王女からやっつけちまうか!」
ふざけた口調で、そう言ったのはスイバ。
「内乱など、誰が望むか」
オレが溜息交じりで、そう言うと、スイバは苦笑いした。
「だが、その戦略を変えなければ、姫様をお守りする事は不可能だろう、姫様を安全な陣の後方で守ったとしても、只の時間稼ぎじゃないのか?」
ラルクがそう言って、焚き火に薪を放り込んだ。
その通りだ、オレ達が持ちこたえた時間の間だけ、姫を守ったとしても、オレ達が死んだら、姫は——?
「兎に角、死んでも姫をお守りするんだ。明日には人数分のルピナスの武器、鎌が用意される。それぞれ、それを持ち、国の為に戦うんだ、姫を死守するんだ」
死守するってなんだろう?
死んでも守るってどうやって?
どうやって姫をお守りすればいいんだ!!!!
わからなくても、戦は間近に控えている。
本当は姫の手を取って、逃げ出したい。
だが、そんな事をすれば、姫はどうなる?
ルピナスだけじゃなく、国を捨てた王族としてレッテルを貼られ、どこからも受け入れられなくなる。
それでも姫が生きていてくれれば——。
「何故、負けると思う?」
突然、剣を磨いていたハガネが、そう言って、オレを見る。
「何故って、お前、あの戦略を聞いて負けると思わないのか?」
「思うよ」
「なら聞く迄もないだろう!」
「だが、我等がディジー王女は勝ちましょうと言ったぞ」
「え?」
「シンバ、お前とスイバが会議室から出て行った後、ディジー王女は、この戦、勝ちましょうと言った。それはディジー王女の意思じゃないのか」
「意思?」
「決して、ディジー王女は、ルピナスの王の座がほしくて、そんな事を言ったんじゃないと思うぞ。ルピナスがどうこうと言うよりも、ここにいる、みんなの事を案じて、みんなの為に、自分が立派にならなければと言う強い意志から来てるんじゃないのか」
言いながら、剣を磨いている。
「小鳥一羽殺せないディジー王女が、勝ちましょうと言ったんだ。いや、違うな、殺せないんじゃない、殺さないんだ。ディジー王女は、とても優しい方だ。でも勝ちましょうと、そう言っていた」
「・・・・・・何が言いたい?」
「いや、別に」
ハガネは何が言いたかったのか、また黙々と剣を磨き始めた。
「・・・・・・オレ達も意思で動いてみるか」
オレは、ぼんやりと、剣を磨き続けているハガネを目に映し、でも、何かを閃いたような顔で、呟いていた。
そして、皆を見て、
「勝とう! オレ達の意思で、この戦をやろう! オレ達はルピナスの騎士だが、ルピナスの駒じゃない! オレ達が守るべきもの、それを守る為に!」
そう叫んだ。シンと静まる。
「これはオレ達の戦だ! ルピナスを守る為にも、オレ達の戦をしようじゃないか! 確かにルピナスの騎士は鎌を武器とすると決められたようだが、それはシュロ王の武器であって、それをオレ達が使う必要はない! オレ達には、オレ達に合った、それぞれの武器がある。自分の武器で戦えれば、それだけで戦力は倍になる」
そう言ったオレに対してか、ハガネは剣を磨きながら、微笑んでいる。
「オレ達には意思がある! 言われて従うだけなら獣でもできる! オレ達はルピナスを守る為に、姫を守る為に、そして、姫をこの国の王にする為に、戦うんだ!」
そう、死ぬ為に戦う訳じゃない!
使い慣れない武器で戦っていても、意味がない。
勝つ為には、自分が使える武器を手にしなければ!
「ヌンチャクってあり?」
突然、とぼけた口調で、そう言ったスイバ。
「自分の攻撃力が上がるなら、あり!」
と、オレが、笑いながら答えると、皆、大笑いした。
ちょっとの勝機が、皆を明るくさせる。
だが、正直、それで勝てるとは思えない。
それでも、姫を守る事はできそうな気がしていた。
次の日から、ルピナスの騎士達が、皆、鎌を持ち、地龍に乗り、戦闘の練習を繰り返す姿が見られた。
第二王女ディジーが率いる騎士団は、皆、武器も違い、まとまりがなく思われ、民からも、「あの騎士団はダメだ」とか「アザミ様の戦力になる為、一人くらいは倒して来いよ」などと、バカにした声が上がった。
オレ達に言わせれば、アザミ王女が率いる騎士団こそ、数が多いだけで、戦闘になるのか心配だ。
オレ達が勝ち残っていても、最終的に、援護がしっかりしていなければ、負けてしまう。
オレ達が全滅しても、ディジー王女を守ってくれるのか、それも不安だ。
なんせ、アザミ王女をお守りできるのかさえ、心配なのだから。
「おいおい、アイツ等、鎌を大降りしすぎじゃねぇか? あれじゃあ、下手したら龍に当たるぞ」
「龍に当たっても大した傷にはならんよ、龍の鱗が、あんな奴等の攻撃で貫ける訳がない」
「だが、龍は怒るぞ?」
「確かにな。戦の最中、龍が暴れだしそうだな」
「お前達もアザミ王女の騎士団の練習を見てないで、少しは練習をしろ!」
「シンバ、あれを見てみろ、あんな風に鎌を振って大丈夫か?」
「本番では大丈夫なんだろ、あのアザミ王女の騎士団なのだから」
オレはそう言って、練習を眺めていた連中を、自分達の練習へと向かわせた。
「ディジーの側近ではないか。お前達の騎士団はルピナスの武器を使わずに戦うそうだな? ルピナスの象徴であるものを無視して、自由な考えでいられるディジーが羨ましい。ディジーは町娘に生まれた方が似合っていただろう。王女などに生まれてしまい、民からの信頼もなく、期待さえされずに可哀想だ」
そう言って、大胆不敵な笑みを浮かべ、現れたアザミ王女。
「まず町娘に生まれていたら、アザミ王女が王となるルピナスには絶対に住まないな」
小さい声でそう言ってやると、やはり聞こえたか、
「なに!?」
と、睨んで来た。
「いえ、心配しているのです、アザミ王女が率いる騎士団の練習が、あれで良いのかと」
「何の心配があるのだ? 鎌の使い手である指導者もついておる」
「指導者と言いますが、武器と言うものは、人それぞれ合う、合わないがございます。それに龍に乗り、鎌を武器に戦う指導はしておられない様子。龍に乗る指導と、鎌での戦闘の指導が別々に行われている。あれでは意味がないのではないでしょうか? それにもっと個人に合う指導も必要だと思います」
「合わない者がいるのならば、それは努力が足りんからだ」
「努力ではどうしようもない事もございます」
「そんなもの、ルピナスの恥だ!」
「ルピナスの象徴である鎌を使い、結局、使いこなせず、負けてしまえば、それこそ、この国の象徴を汚してしまうでしょう、それどころか、龍達を、誤って、鎌で傷つけてしまえば、ルピナスの象徴である鎌も龍も、失ってしまう事になります、それこそ、本当の恥!」
「・・・・・・臆病者の考えだ」
「違います! ルピナスを守らなければならない者の考えです!」
「形振り構わず守ればいいと言うか? だが、形振り構わずやった所で負ければ、それこそが恥だ。民に無能だと笑われるのはディジーだけで充分!」
「アナタは何もわかっていない」
そう言ったオレに、アザミ王女はフッと笑い、
「どちらが無能か、戦が終わればハッキリする。その時、貴様をディジーと共にルピナスから追い出してくれよう。貴様等が生きていれば、の話だが。精々、形振り構わず頑張ってみるがいい。無駄に終わらなければいいがな」
と、そう言うと、マントを翻し、行ってしまった。
オレは、アザミ王女を見送りながら、溜息を吐き、あの傲慢さに、疲れを感じていた。
何故、同じ姉妹でありながら、ディジー王女とアザミ王女は、あんなに違うのか。
やはり育て方の違いか?
それとも食べ物の影響か?
全てをとりまく環境か?
考えても、わからないが、ディジー王女で良かったと本当に心から思う。
そして、その夜だった。
城から、警報の鐘が鳴る。
ダンガンの騎士団が多くの馬に乗って、こちらへ向かってきていると、塔の天辺の見張り兵が発見した。
ルピナスから戦を仕掛ける事はしない。
何故なら、ルピナスの方が、この大地(エリア)に、後から来たからだ。
受け入れてもらえないのであれば、戦うしかない。
皆を叩き起こし、オレ達は一軍として、ディジー王女と共に、ルピナスを出る。
地龍に乗ったオレ達を見送る城下町の民達は、誰もいなかった。
皆、オレ達などに守ってもらえるとは思ってないのだろう。
だが、オレの両親が、遠くから、手を振り、祈ってくれていた。
オレは先頭で、左右にスイバ、ハガネ。
後尾にディジー王女を置き、弓を武器とする者と、盾になる体の大きな者を姫の近くに置いた。
それぞれ、手には自分の武器が持たれている。
「ランの様子がおかしい時に、戦なんて」
姫が、そう嘆いている。
そう、ランが今日に限って、様子が変だった。
もしかしたら、今夜が峠かもしれない。
縁起でもないが、オレ達と共に、あの世に行くのかもしれないと、オレは思ってしまう。
龍は主人が死ぬ時、主人だけを、あの世に行かせない為か、死ぬ時がある。
ランは姫の運命を知って、死ぬのか——?
「姫、大丈夫ですよ、直ぐに勝利して帰って来れます」
オレが振り向いて、後尾にいるディジー王女に、笑顔でそう言うと、姫は、
「そうですね」
と、笑顔で頷いた。
兎に角、第一王女アザミの援軍が来る迄、持ちこたえなければならない。
「ここから、後尾と引き離れる!」
オレがそう言って振り向くと、後尾の先頭となるマダンが頷いた。
「マダン、引き離したら、お前が、この一軍の後尾の先頭だ。目が見えなくとも、風を読むお前のチカラ、信じている!」
そう、オレ達前方が負けそうな風なら、マダン、お前は退却を命じるのだ。
移民族である者達も後尾にいる。
森へ逃げれば、抜け道くらい、案内できるだろう。
「マダン、頼んだぞ!」
マダンはオレにコクリと頷いた。
オレ達、前方は龍にスピードを上げさせ、走り抜ける。
この向かい風が、どうか、追い風になるように。
今は祈るよりも、願うよりも、現実しか支配しない心。
こんなにも弱く、臆病者だったっけ?
なのに、どうして、前進している?
逃げないのか?
ハクレイを高く飛ばして、逃げればいいじゃないか?
少し小高い丘の天辺が見える。
そこを越えると林道が続く国境になり、ダンガンエリアに入る。
ハクレイが軽やかに丘に立った瞬間、オレはゾワッと背筋に寒気、いや、熱のようなものか、これから始まる事への感情が走った。
アザミ王女の援軍が来た所で、勝てない程の夥しい数の兵士。
馬に乗っている奴等が遠くにいる。
後は全員、整列し、槍を持ち、こちらへ向かってきている。
林道の木々で、遠くまでは見渡せないが、まるで蟻の行列のように、ダンガン城から、その列はずっと続いている。
わかってはいたが、戦闘になると、整列していても意味がない。
陣など、崩れてしまう。
マダン、逃げろ。
オレは心の中で、マダンに逃げるよう指示を出しながら、
「前進! 勝って生き残れ!」
そう吠えていた。
夥しい数の中へ向かうオレ達は確実に負け戦への道を選んでいた。
でも、姫、これで、アナタを無能姫などと誰も言わないでしょう。
オレ達の死が、アナタに敬意を示している事を、皆、わかってくれる筈。
全て、アナタだけの為に、オレ達は戦います。
ハクレイがダンガンの兵士達を蹴散らす。
林道の為、運良くか、狭い場所での戦いは、取り囲まれる事もなく、一歩一歩、前進していた。
「シンバ、なんかさ、変じゃないか?」
そう言ったのはスイバ。
「変?」
戦いの最中だ、会話に集中などできる訳もなく、必死だったオレは何が変なのかさえ、気付いてなかった。
突然、オレの背後に誰かが飛び乗った。
グンジだ。
木々の間を飛びながら伝令に来たのだろう。
「どうした、グンジ!?」
「援軍は来ません」
「な!? なんだって!?」
「山と森の道からもダンガンの兵士達が向かって来てしまい、挟み撃ちされます」
「だから言わんこっちゃねぇ! あの第一王女め!」
「その為、この戦、負けると判断したアザミ王女様がルピナスに戻り、民達を避難させてます」
民達の信頼を手に入れる事にしたのか。
これでまた民達に褒め称えてもらえると言う考えか。
ルピナスを失っても、自分の地位は残すのか。
オレ達は所詮、駒で終わるのか。
「グンジ、自分の龍に戻れ。そして姫を安全な場所へ退却させるよう、マダンに伝えろ」
「・・・・・・わかりました」
その頃、マダンはとっくに異様な風向きに気付き、姫に退却を願い出ていた。
「ディジー王女様、今なら、退路があります! 今のうちに!」
「なりません。私の大事な者達がこの先で戦っているのでしょう? もうかれこれ一時間も経っています。急いでアタシ達が援護に向かわなければ」
「無駄なんです、援護した所で全滅なんです」
酷かもしれぬと思うが、マダンは正直に全滅だと言う言葉で伝えた。
「第一王女アザミ様率いる騎士団も来ません。風がそう言っています」
「向かい風なのですね」
「はい、止む事はなく、強く、呼吸を止めようとしてきています」
「アタシが止めましょう」
「ディジー王女様?」
「ここでアタシが逃げたら、アザミ様が折角、民達を避難させている事も無駄になります」
「しかし!」
「マダン、ここからはアタシが指揮をとります! 皆、アタシのチカラとして、風を止め、そして、追い風にしましょう! アタシ達のチカラで新しい風を起こすのです! アタシは逃げません! アナタ達と共に、これから先も生きたいのです、いえ、生きるのです」
シンと静まる。
「アタシと共に! 勝ちましょう!」
皆、ディジー王女の王者としての一声に、雄たけびを上げた。
王者としての言葉は、負けると思う弱い心に、強い勝機をくれる。
不思議だが、勝てるような気がするのだ。
マダンは微かな追い風を感じていた。
「だから変ってなんなんだよ!」
剣を振り上げながら、シンバが吠える。
重い鎧はいいとして、重い仮面は息苦しくなり、危険も考えず外して捨てていた。
「だからさぁ! なんでコイツ等、こんな弱いの? 人数多くて疲れてるけど、俺達、そんなダメージ受けてねぇじゃん!」
呼吸を乱しながら、スイバが吠えた。
確かに。
皆、まだ誰も死んでいない。
オレ達が強いのか?
いや、それはない。
さっきから、こっちが与えるダメージも、大してない。
うまく攻撃をサッとかわされている。
それで、なんだかんだ、気が付けば、馬にまたがった軍の所まで来ている。
「シンバーーーーッ!!!!」
「姫!? どうして!? 逃げなかったのですか!?」
向こうから地龍に乗り走って来るディジー王女達。
「小さな援軍の登場だな」
そう言った男。
立派な馬にまたがり、剣を構えている。
オレがキッと睨むと、鉄仮面を外し、
「小さな軍ながら、お前達もよくここまで来れた。褒めてやろう」
と、余裕の台詞。
「・・・・・・ダンガンのレオン王子」
そう呟くと、ニヤリと笑い、
「お前がこの軍の指揮官か?」
そう聞いて来た。
「それとも、あの勇ましい姫か?」
「オレが! この軍に命令を出している者だ!」
「アタシが! この軍の指揮者です!」
と、同時に、オレと姫が声を合わせて答えた。
こんな時に、何を狙われるような台詞を言うのか、姫は姫としての自覚がない!
「二人もいるのか、この軍の王は。面白い」
と、オレに向けて、剣を振り上げてきた。
それを剣で受け止める。
レオンの乗っている馬も、ハクレイに負けず劣らず、立派だ。
ダンガンの兵士達は皆、レオンに加勢し、向かってくる。
オレの両隣で、スイバもハガネも次から次へと敵を倒すが、次から次へと敵は増えていく。
「スイバ! おどきなさい!」
姫がそう吠え、スイバは姫の威勢のいい声に驚いたが、その言葉に体は反応し、場所をあけた。姫はオレの隣に来て、剣を振り上げた。
「姫!?」
オレはまさかの、その姫の行動に驚いたが、レオンは驚きもなく、盾で、姫の剣を弾いた。
姫は弾かれた剣をまた振り上げ、レオンに攻撃する。
いつの間に、オレの手を離れていたのだろう。
こんなにも姫は、もう王の器を手に入れていた。
アナタこそ、まさにシュロ王の血を強く引いている、王者として生まれて来るべき人間なんだ。
そんな事、そんなわかりきった事、今、想っている暇はない。
オレもレオンに向けて、剣を向ける。
オレと姫の攻撃を簡単に受けて、簡単に弾くレオン。
まるで、動きを読まれているようだ。
コイツも、王になる為に、どんなに苦労をして来たのか、戦の真ん中で支持を出し、これだけの強さを身につける為に、どんなに辛い鍛錬を積んで来たか。
オレの剣が遠くに弾き飛ばされた。
姫の剣が衝撃により、折れた。
ここまでか!
「クォーーーーーーーーーーッ!」
その声に、皆、動きが止まる。
上空にキラキラ輝く翼龍の姿。
「・・・・・・ラン?」
ディジー王女が息切れしながら、呟いた。
「ムーンドラゴン?」
レオンがランを見上げ、そう呟いた。
そう、ランは体調が悪かったのではなく、進化に体のバランスを崩していただけだったのだ。
「そうか、ムーンドラゴンの餌は毒の葉だ。美しい体は毒で成り立っていると吟遊詩人が唄っていた。ははは、毒の餌は返って、ランを、進化させたって訳か。普通の餌じゃ、なかなか翼も生えない筈だ」
ランの登場で、オレは気が緩んだせいか、涙が溢れ出た。
これは間違いなく勝機の風。
今、レオン王子が盾を捨て、腰の鞘に手を当てた。
まさか二刀流!?
そう思い、姫を庇おうとした瞬間だった。
目の前を白い風が通る。
大きな、それは大きな、白い旗。
レオンが、腰から抜いたものは白旗だったのだ。
「・・・・・・白旗?」
あっけにとられ、呟くオレに、レオンはニヤリと笑い、
「この戦、ダンガンの負けだ」
そう言った。
そんな馬鹿な。
まだ兵士は山程、残っているのに?
まだダンガンは全力を出し切ってないのに?
「・・・・・・最初から、そちらの負け戦だったのか?」
ハガネが、そう尋ねると、レオンは、頷いた。
「やはりな。変だと思った。俺達は大した怪我もなく、死者もでてねぇし、こっちの攻撃は簡単にかわされてるのにさ、一度、武器を交えた者は二度と攻撃してこねぇしさ」
スイバが、そう言って、溜息を吐く。
「最初から負け戦? 嘘だろ?」
「最初から負けるからこそ、こんな大きな旗を用意していたのだ」
「何故!? 何故だ!? なぜ負ける!?」
「最初からルピナスが勝っていたからだよ、シュロ王の時にな」
レオンはそう言うと、大笑いした。
一生懸命、戦ったオレ達を大笑いした。
そして、ぽかんとする姫に、
「本当にルピナスは最高だ! お前等の姫も、王の資質があり、素晴らしい!」
と、褒め称える。
すると、ダンガンの兵士達が皆、地に足をつけ、ディジー王女に跪いた。
馬に乗っている者も、馬から下りて、皆、跪いた。
レオンも馬から下りると、
「もしも、本当に真剣勝負の戦だったとしても、ムーンドラゴンには敵いません。ダンガンは負けていたでしょう」
と、ディジー王女に頭を下げた。
オレ達は勝利を手に入れた——。
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