2. 嘘つき
ディジー王女13歳。
シンバ15歳。
相変わらず、ディジー王女の側近はオレ一人。
そして相変わらず、離れの宮殿にいる。
それでも少しずつ変わってきている。
「姫、今日は風もなく、とてもいい天気でございます。今日こそは龍の躾に参りましょう」
「今日は歴史の勉学を致しましょう?」
「姫はとても優秀です。もう私など手の届かないところまで学問を学びました。そろそろ体を動かす事も必要ですよ。それにルピナスの王族は龍を従わせる必要があるのでしょう? シュロ王が定めた法なのだから、それに従わなければ!」
「龍は怖いのです」
「大丈夫ですよ、龍はとても頭が良く、人を襲ったりはしませんから」
「気に入らない人間には懐かないのでしょう?」
「はい、しかし、姫ならば、きっと、どの龍も懐くでしょう」
「でも今日は嫌です!」
物事をハッキリ言うようになった。
成長は嬉しいが、こうもハッキリ言われるとカチンと来る。
オレは短気なのだろうか。
「ならば、舞の練習を致しましょう」
「舞も嫌です、アタシは体を動かす事が苦手なんです!」
だが、そろそろ体を動かせるように作っていかねば、戦の時、動けない。
嫌だからと言って、このまま、ほっておく事はできない。
ワガママを通させるのも、余り良くはない。
「では、私の舞は見たくありませんか?」
「え? シンバ、舞を踊れるの?」
「いえ、正当な舞は踊れませんが、自分なりの踊りは踊れます」
「見たいわ!」
笑顔になったディジー王女。
オレは、ではと頭を下げ、腰に携えた剣を抜いた。
スイバに教わった武術の型に、ハガネに習った剣を加え、しなやかに舞う。
これは戦闘中、最も役に立つ構えだ。
剣と共に舞うなど、第三王女リリの踊りにもない。
ディジー王女は、見た事もない舞に、見惚れている。
舞い終わると、ディジー王女は拍手をして、
「素敵です」
と、お褒めの言葉をくれた。
「これは舞と言うより、武術の構えのようなものでございます。我が友人である者達から譲り受けたのです」
言いながら、剣を腰の鞘に戻す。
「シンバの友人ならば、それはもうとても優秀な方なんでしょうね」
「・・・・・・いえ、世間からは煙たがられるような連中でしたよ」
「何故ですか?」
「何故でしょう、親にも見捨てられ、我が両親が引き取っております。我が両親は龍使いをしておられます」
「そうだったんですか!」
「姫、私が舞った武術を、舞ってみませんか?」
「私がですか? 無理です」
「姫に受け継いでもらいたんです。我が友人は、私の誇りです。姫に仕えてから、私は友人達から教わった事が、どんなに大切だったか、そしてどんなに役に立ったか。それを姫にも教えたいのでございます」
「・・・・・・私にできるでしょうか?」
「勿論です! 最初から剣は重いので、扇でやりましょう!」
オレは自分に持っている全てをディジー王女に捧げたかった。
ディジー王女は少しずつだったが、オレの持っている全てを、吸収していった。
ディジー王女は、確かに、グズでノロマで、第一王女アザミのような勇ましさには欠ける。
第三王女リリのように、うまく人に取り入る事も媚びる事もできない。
だが、素直で、優しく、人の痛みがわかる王と言うのは、民達が付いて行きたいと思う王だ。
ディジー王女はそれを持っている。
それに加え、オレの全てを持てば、第一王女にも勝る勇敢さ、第三王女にも負けぬ駆け引きもできるだろう。
一番、王の素質があるのは、ディジー王女だ。
それを知っているのは、今のところ、オレだけ。
この事を世に知らせるには、どうしたら良いものか。
やはり、一刻も早く龍を懐かせ、戦への心構えと準備を早めるべきか。
「姫、今夜、私の友人に会ってくれませんか?」
「シンバの友人ですか?」
「ここへ招いてもよろしいでしょうか?」
「いいですが、その方はアタシなどに会いたいのでしょうか、アタシに構わず、シンバだけ会って来ても構いませんよ、懐かしい相手でしょうから、ゆっくりしてらっしゃい?」
「いいえ、姫に是非、会ってもらいたいのでございます」
「・・・・・・そうですか、わかりました」
やはり、人前に出るのは、まだ苦手なのか、嫌そうな表情をして見せたものの、なんとか、頷いてもらえた。
そして、皆が寝静まる夜。
「シンバ、もう夜更けですよ?」
と、姫は眠そうな表情で、宮殿から出てきてくれた。
「今から呼びます」
「今から?」
「はい、しかし、何分、久しぶりですから、私を忘れているかもしれません、呼んで来てくれなくても、笑わないで下さいよ?」
そう言ったオレに、ディジー王女は不思議そうに首を傾げた。
オレは満月に向かって、
「ハクレイーーーーーッ」
そう叫んだ。
来てくれるだろうか、ずっと帰っていないオレを忘れているんじゃないだろうか、世話もしていないオレを怒っているんじゃないだろうか。
不安ばかり過ぎる瞬間、満月から降り注ぐ銀の光と共に現れたホワイトドラゴン。
「わぁ・・・・・・」
思わず、龍の姿に驚きの声を上げるディジー王女。
バッサバッサと白い翼を左右に振り、
「クォーーーーーーーーーッ!」
と、懐かしむ声で鳴く。
「私が幼い頃、一番最初に友人になった者です、コイツは龍の牧場で一番最初に生まれた翼龍なんです。シュロ王が従えるバルーンよりも小さいですが、スピードがあります。何より、なかなか生まれない翼龍ですから、コイツが生まれた時は父が大喜びでした。父はバルーンの世話がありましたので、コイツの世話は私が致しました。コイツは私に懐いて、私を主だと思っております。呼べば、どこでも来てくれる、それも今も変わらずと言う事は、私はまだコイツの主であるようです」
オレの話を聞いているのか、聞いていないのか、ディジー王女の瞳は、龍から離れない。
小さいと言えど、かなりの巨体。
姫は少し脅えている。
「姫、コイツに乗ってみませんか?」
「え!? 無理です!」
「姫が無理だと言う時は、大抵、無理じゃないと言う時です」
笑いながら、そう言ったオレに、
「無理です!」
と、怒った顔で、ディジー王女は言われた。
ハクレイは、ディジー王女を赤い瞳に映している。
オレが低姿勢なのを察して、頭の良いハクレイは地に足をつけ、身を低めた。
それは、背に乗っても良いと言う合図。
「さぁ、姫! ハクレイはその気ですよ」
「でも、アタシ、龍なんて乗った事ないですし」
「誰だって、初めての経験は怖いものです、では、私が最初に乗りましょう、姫は私の背に掴まり、お乗り下さい」
それならばと、ディジー王女はハクレイに近づいてきた。
オレはハクレイの背中に飛び乗り、そして、ディジー王女に手を差し伸べた。
ハクレイは更に身を低め、ディジー王女が背に乗りやすいような体勢をとる。
なんとかハクレイの背中に乗ると、オレの背にしがみついて来るかと思いきや、
「龍の鱗ってとても硬いのね、でもとても綺麗! それにスベスベしてる」
などと、余裕の台詞。
オレが思っているより、ディジー王女は度胸が据わっている。
「姫、今は魔物達も眠る時刻と言われています、月も遠くにあります、ルピナスを出て、真夜中の空の散歩でも致しましょう、今の時刻ならば、誰にも見つかりますまい」
オレがそう言うと、ディジー王女の返事も聞かないまま、ハクレイは飛び立った。
悲鳴を上げるかと思ったが、意外にも楽しそうにクスクス笑っている。
これは本当に意外だ。
思ったより、頼りになる姫に育てられそうだ。
「うわぁ、シンバ、城があんなに小さい! 塔の上の見張りの兵が居眠りしてるわ」
「なんともまぁ、責任感のない兵だ。後で、上に報告せねば」
「そんな事をしたら、アタシ達が空の散歩に出た事がバレますよ?」
「それもそうですね、ならば、今日だけ、大目に見ると致しますか」
「はい!」
全く、甘さは、姫の一番悪い所だ。
だが、嫌いではない。
時折、振り向きながら、ディジー王女を確認する。
ディジー王女は、いつも、後ろで髪を結っているが、今日は寝る所だったせいもあり、長いストレートの髪が風になびいている。
瞳には、銀色の月を写し、キラキラと輝いて見える。
満点の星空の中、向かい風と戯れるように、ディジー王女は本当に楽しそうだ。
「姫、アナタが怖がっていた外の世界です。確かに外は恐ろしい事もあるが、楽しい事も沢山あるのです。そして、美しいものは全て外の世界にある。どうですか、この世界は」
「本当に美しいと思います。星がこんなに綺麗だなんて」
「全て、姫、アナタのモノになる時が来ますよ」
「え? アタシのモノに?」
「はい、王の座につけば、この領土は全てアナタのモノに」
「アタシは・・・・・・」
「私が全てアナタのモノにして差し上げましょう、約束致します」
「・・・・・・はい」
少し困った感じだったが、ディジー王女は頷いた。
「ハクレイ、これより先はダンガンエリアに入る。空からの襲撃だと思われ、攻撃されても適わん。引き返そう」
そう言ったシンバに、
「シンバ、あれがダンガン城?」
と、遠くにある大きな城を指差して、ディジー王女は聞いた。
ルピナスに比べ、なんと大きい城なのだろう。
そう感じれば感じる程、あの城の主のクビをとったシュロ王の偉大さがヒシヒシと伝わって来た。
ダンガンはルピナスに比べ、兵の数も多かろう。
「・・・・・・姫、ダンガン城を上空から偵察に行きましょうか」
冗談でそう言ってみた。
「はい」
即答ですか!?
驚いて、振り向いたオレに、
「なにか?」
と、キョトンとした顔をするディジー王女。
「いや、行きましょう!」
オレがそう言うと、ハクレイは高く、高く舞い上がり、ダンガン城へと近づいていく。
「これだけ上空にいれば、まず、見つからないでしょう」
しかし、ダンガン城が、これ程のモノとは。
シュロ王は、よく引き下がらなかったものだ。
「この世界でも、最も大きな城だと言われているそうです。そのダンガンエリアに、シュロ王はルピナスを築き上げたんですね。確かに、最も大きな城だと言われる城を落とせば、ルピナスは栄えるでしょう」
「栄えなくとも、アタシなら、誰の領土でもない場所に城を築き上げるわ」
「ははは、それでは民は誰も来てくれませんよ、姫の離れの宮殿と同じだ。それでは、どんなに素晴らしい王がいても、誰も気付きません」
「でもシンバがいます」
「はい?」
「アタシにはシンバがいます」
「はい、私は、姫に一生、仕えますから。但し、私は誰にも気付いてもらえないのは嫌です」
言いながら、ふと、ダンガン城のバルコニーとなる場所でキラッと光るモノが目に入り、オレは下を覗き込み、襲撃される恐れがないか、確かめた。
「・・・・・・誰だろう、見張りの兵じゃなさそうだ」
「どうかしたんですか、シンバ?」
「こんな夜更けに、誰でしょう?」
「では、舞い降りてみましょう」
「え!? いや、それは——」
それはダメですよと言う前に、ハクレイがディジー王女の言葉に反応し、一気に急下降した。
「ま、待て、ハクレイ!」
だが、急下降する勢いをハクレイは止められない。
これでは襲撃して来たと勘違いされ、戦になる恐れもある。
ふわりと急に無重力になった感じに、目を開けると、急下降は終わり、バルコニーの前で、バッサバッサと翼を動かし、空中で止まっている。
「・・・・・・お前等は誰だ」
バルコニーにいた男。
オレは、一目で、男がダンガンの王子である事がわかった。
キラリと光っていたのは、月の光に反射したペンダントだったのだ。
オレはゴクリと唾を飲み込み、うまい台詞を考える。
「すいませんでした、空の散歩中でしたの」
「ひ、姫!」
「姫? まさかルピナスの王女か? 成る程、龍を従える訓練中か?」
この男、ハクレイの迫力にも驚かず、しかも、ルピナスの事をよく知っている。
「案ずるな、誰もお前等を怪しく思ってはおらん」
「え?」
「暇だったのだ、そうだ、おれもその龍に乗せてはくれぬか?」
なんて言った?
この男、今、なんて言った?
「勿論、いいですよ」
つーか、うちの姫もなんっつった!?
「ダメです!」
そう吠えたオレに向かって、
「何故?」
二人、声を揃えて、そう聞いてきやがった。
「ハ、ハクレイは、私が主であるが為、私の言う事しか聞きません。姫は私の主でありますから、こうして乗っておられますが、私の主ではない者は乗せてはくれませんから」
そう言うと、男は、
「成る程。では諦めるとしよう」
そう言って、ニッコリ笑った。そして、
「おれはダンガンの王子レオンだ。そなたは?」
と、ディジー王女を見た。
「アタシはルピナスの第二王女ディジーです」
「第二?」
わかっている、どうせ、無能姫だと言いたいのだろう。
「そうか、アナタが噂の第二王女」
これ以上、ここにいても、他の誰かに見つかる可能性があり、それ以上、何か言われるのも、ディジー王女を傷つける事になるのではと思い、
「ダンガンの王子! 我々をこのまま見逃してくれる事、有り難く思います、では、失礼する!」
と、ハクレイを直ぐに舞い上がらせた。
しかし、あの王子。
なかなかの男だ。
年齢はオレと同じくらいだろう。
「姫、ダンガンの王子は男前でしたね」
「そうですか?」
「本当は戦などせず、姫が、あの王子と結婚をされれば、良いのでしょうが、シュロ王はそういうのは考えてなさそうですね。好きになった者と結婚するのがいいと思っておられそうです」
「アタシなどと結婚なさる人など、おられるのでしょうか」
「何を言っておられるのですか。姫とのご結婚は誰もが立候補して来ますよ。だが、姫に合う奴でないと、私が許しませんから、なかなか難しいでしょうね。さっきの王子などは、結構いいところまでいってますけど。ところで姫、明日から、龍の躾を始めませんか?」
「・・・・・・龍の牧場に行くの?」
「いえ、私が、姫に合う龍を見てきます。そして、また、こうして龍を連れてまいります故、どうでしょうか?」
「それなら!」
ディジー王女はルピナスの民達に会いたくないのだろう。
無能と言われ続けた事は、ディジー王女に深い傷を与えた。
だが、一番、深い傷を与えているのは、このオレだ。
スイバ達に、ディジー王女の側近であると、言えないでいた事が、今も尚、オレの中でつっかえている。
もう既にオレが第二王女に仕えていると知っているかもしれないが、本当の事を自分の口から伝えたい。
そして、ディジー王女の事も知ってもらいたい。
無能姫など、嘘だと言う事を!
次の日、早速、城下町に戻り、龍の牧場へと向かった。
スイバ達は、留守だった。
いい干草を作る為、皆で、草摘みに出かけたのだと言う。
オレは、心のどこかで、スイバ達に会わずに済んだ事をホッとしていた。
龍の牧場では、また新しい命が生まれていた。
でも、どれもこれも地龍で、翼龍は生まれていない。
「せめて、ハクレイがメスだったらなぁ」
と、父が言った。
「父、姫に龍を与えたいのですが」
「お前の姫さんは、牧場には来ないのか? 第一王女も第三王女も、自分で龍を見定め、自分で選んで行ったぞ?」
「ディジー王女は、繊細な方なんです」
そう言ったオレを見て、父は笑った。
「何が可笑しいんですか?」
「いや、お前、すっかり第二王女の側近だな。あんなに嫌がっていたのに」
「・・・・・・オレが間違っていました」
「うん?」
「世の噂に踊らされていたのです。まだ未熟だったのでしょう、仕方ありません」
「噂か。そういやぁ、お前が第一王女に仕えているって噂も出てるぞ?」
「・・・・・・それはオレが悪いんです」
「そうか。ま、お前なりに頑張ってりゃ、それでいいさ」
「・・・・・・あの龍は?」
オレは、ふと、納屋の奥の干草の中にいる小さな龍を発見した。
「あぁ、アイツな、アイツはダメだ」
「ダメ?」
「どうも弱くてな。直ぐに隠れてしまう。他の龍達からも除け者にされ、今では干草の中に隠れてばかりでな。しかも、干草を隠れ家にして、食おうとはせん。もうずっと何も口にしとらん。いつか衰弱して死んでしまうだろう」
まるで、姫のようだとオレは思った。
「アイツにします」
「アイツに? おいおい、仮にも王族に仕える龍だ、いい龍を選べ! アイツはまだ生まれて間もない。躾もなってない。それどころか、見てわかるよう、群れにも入れていない。それにいつか戦の時も役に立つものでなければならない。王を守るような強い龍でなければな!」
「アイツなら、姫を守るでしょう。強いからと言って守れる訳ではない。その者を守ろうと思う気持ちが大事なんです。アイツなら、姫と強い絆で結ばれるような気がします。とても姫によく似た龍だから」
「・・・・・・ま、好きにすればいい。お前の主の龍だ。お前が一番わかっているだろう」
そう言うと、父は、他の龍達の餌の為、干草をリヤカーに乗せ、納屋を出て行った。
オレは、干草に隠れる、その龍に近づいてみた。
まだ幼龍だ。
本当ならば、成龍になってから、姫に仕えさせるべきなのだが、姫はこの龍をとても気に入るに違いない。
怯える、その龍を無理に抱き、オレは、姫に持ち帰った。
案の定、ディジー王女は、小さな龍に大喜びだ。
「まるでヌイグルミみたい」
と、抱きしめる。
龍は怯えていたが、ディジー王女が余りにも優しく撫でるので、危害を加えないだろうと、安心した様子。
「姫、名をつけてあげましょう」
「ええ、何がいいと思う?」
「姫の好きな言葉で呼んであげるとよろしいかと」
「・・・・・・じゃあ、ラン」
「ラン。今は亡き、お妃様の名」
「母はリリ様を生んだ後、直ぐに亡くなり、アタシは、母に抱かれた記憶も、愛された記憶もありません。でも、それはアタシの記憶にないだけで、きっと母はアタシを愛してくれたのだと思います。こんな無能姫でも、母は愛してくれたでしょう。だから母の名こそ、アタシが一番好きな言葉です」
そう言ったディジー王女。
幼龍も、ディジー王女に抱かれ、ランと言う名に嬉しそうな表情だ。
「ですが、ソイツ、オスですよ?」
「え?」
「まぁ、ソイツも名を気に入った様子ですから、良いのですが」
「気に入ったのならば、良かった。では、お前は今日からラン。元気に育って下さいね?」
その日から、ランは、姫と共に過ごした。
一緒に食事をし、一緒に学び、一緒に体を動かし、一緒に寝床に入り、一緒に眠る。
オレよりも、姫の身近にいるようになった。
だが、オレは少し心配だった。
食事もとるようになったし、元気そうだが、どうもランの体の色が妙だ。
何度か鱗は抜けているが、その度に、新しい鱗が、変色している。
変な病気ではないかと、とても心配だ。
姫にうつる事はないだろうが、姫が悲しむ事になるのではないかと、オレは心配していた。
そんな心配はよそに、ランはすくすくと大きくなって行った。
「姫一人なら、ランの背中に乗れますね」
「今日は、森に行こうと思います」
突然、姫がそう言ったので、オレは驚いた。
自ら、ここを出る発言をするなんて、今までなかった事だ。
「森とは? ゾーナの森ですか?」
ゾーナの森は、ルピナスの直ぐ側にある小さな森だ。
獣も多くいて、狩りをするには、とてもいい場所だ。
「ええ、ランを森で遊ばせてあげたくて。それに、湖で、少しランを洗ってあげようと思うの。いつもの水槽を用意するの、シンバ、大変でしょ?」
確かに、大きな水槽に、水を入れるのは大変だ。
それにしても、ここまで姫を変えるとは、ランを連れてきて良かった。
「ランは地龍ですから、ランの綱を引き、私が誘導致しましょう、姫はランの背に乗って下さい」
自ら、進んで、龍の背に乗るディジー王女。
オレは心から嬉しかった。
姫の成長は、オレの喜びだ。
ゾーナの森は歩いて、2時間。
翼龍ならば、数分で着くが、やはり、地龍は馬と同じ。
「ラン、また鱗が抜け変わるみたい」
ディジー王女はそう言って、抜けた鱗をオレに見せた。
オレはランの綱を引っ張りながら、その鱗を受け取り、
「・・・・・・龍は何度も鱗が抜け、硬く強い体になるんですよ」
そう説明したが、ランは普通の龍よりも、抜け変わりが激しい。
鱗も、どんどん色が落ちてきているような気がする。
ホワイトドラゴンのハクレイすら、ここまで色が落ちて、白くなり続ける事はなかった。
森に着くと、オレは切り株で一休みし、ディジー王女は美しい湖に足を入れ、ランと水浴びを楽しんでいた。
「姫、奥は深いですからね? その辺で遊んでて下さいよ?」
「わかっています」
湖は波をたてる事もない、ランも傍にいる。オレは安心して、うたた寝してしまった。
何かを感じたか、ハッと目が覚めた時、事の自体に、オレは飛び上がった。
「姫!」
湖の真ん中でアップアップしているディジー王女。
ランも真ん中でアップアップしているようだ。
オレは上着を脱ぎ捨て、湖へ飛び込んだ。
泳ぎなど、姫に教えていない。
いや、オレだって幼い頃、川で遊ぶ程度で、ちゃんとした泳ぎなど知らない。
だが、無我夢中で、姫を助ける事だけを思い、泳ぎ続けた。
なんとか、姫を!
その一身だった。
姫を抱え、湖の淵に辿り着いた。
ゲホゲホと咳き込む姫と、うまく呼吸できずに、ゲホゲホするオレ。
「・・・・・・姫、大丈夫ですか?」
「はい、なんとか。ランは?」
見ると、アップアップしていたランの姿がない。
沈んだか——。
オレは姫に土下座をした。
額を地にすりつける程、頭を下げ、
「申し訳ありませんでした!」
そう叫んだ。
「シンバ?」
「私が居眠りなどしてしまったが為に、姫を危険にさらし、姫の大事なランまでもが!」
「・・・・・・足を滑らせたのはアタシです。ランはアタシを助けようとしただけです」
「しかし! 取り返しのつかない事に!」
「取り返しのつかない事?」
「ランが・・・・・・」
「シンバ、顔を上げてご覧なさい?」
そう言われ、オレは顔を上げ、見ると、ランが湖から上がって来る。
「ラン?」
湖の水のせいか、ランの体が輝いて見える。
日の光のせいだろうか?
いや、違う。
ラン自ら、銀色に光っているのだ。
「まさか? まさか、ムーンドラゴン?」
そう呟いたオレに、
「ムーンドラゴン?」
と、聞き返すディジー王女。
「伝説のドラゴンです」
「伝説?」
「月の光を浴び続けた恐ろしいドラゴンが、この世界のどこかにいると言う吟遊詩人の唄の中の話でございます。そのドラゴンは自分の子供を他のドラゴンの巣に入れ、他のドラゴンに育てさせるのです」
「・・・・・・ランがそのムーンドラゴンなんですか?」
「あの月の光のような体はそうとしか思えません。誰もいない時に、ムーンドラゴンが、うちの牧場に、ランを置いて行ったのでしょう。恐らく、今、鱗が抜ける時期で、姫を助けに向かおうとしたが、うまく体が動かせず、溺れていたのでしょうが、もがいたせいで、うまく鱗が抜け、身軽になり、助かったのではないでしょうか」
「運が良かったのですね、ランは」
「風向きが我々に向いてきましたよ、姫」
「え?」
「ムーンドラゴンが姫の龍なんですよ、最強の龍と唄われたムーンドラゴンがですよ! ランさえいれば、戦は姫が勝ったも同然! なんせ、ムーンドラゴンは空を自由に飛べる翼龍の中でも、スピードが一番! それだけじゃない、パワーは地龍を凌ぐ! 口からは月の光に似た凍て付くブレスを吐き、全てを凍らすのですから!」
「・・・・・・興奮している所、ごめんなさい? ランは飛べませんよ?」
「・・・・・・いや! 今、きっと、翼が生えています!」
そう言いながら、オレはランに近づき、背後を回って見るが、翼らしいものは見当たらない。
「シンバ、それに、ランは、凍て付くブレスなんて吐きませんよ?」
「・・・・・・そのようですね」
ランはきょとんとした可愛らしい表情でオレを見ている。
ムーンドラゴンは吟遊詩人の唄の中の架空の生物の筈。
たまたま、吟遊詩人が唄ったドラゴンに見た目が似ているからと言って、ランがムーンドラゴンだとは限らない。
「でも銀の鱗なんて、水龍以外で有り得ないんだけどなぁ」
地を駆けるランに呟く。
「まだ言っているの? なんでもいいじゃないですか、ランがなんであれ、アタシの龍に変わりありませんよ」
「そうですね。姫、服を乾かしましょう」
「いえ!」
「どうしたんですか? 早く脱がないと風邪をひきますよ?」
「シンバの前で脱げません!」
「あぁ、大丈夫ですよ、なんとも思いませんから。それよりも姫の体が心配です。風邪などひかれたら困りますから」
そう言ったオレに、ぷぅっと頬を膨らませ、
「いいんです! ほっといて下さい! 今日は暖かいから平気です!」
と、怒った顔をして見せた。
なんだか、可笑しくて、笑ってしまった。
怒った表情をしたディジー王女も、笑っているオレに、なんだか可笑しくなったらしく、一緒に笑っている。
ランも、楽しそうに、ディジー王女を見ている。
このまま、幸せな時がいつまでも、いつまでも、アナタのまわりで続くといいのに——。
それから数ヵ月後、城から兵士募集の張り紙が出された。
シュロ王は、表に出る事はなく、何をしておられるのか、よくわからない。
その為、新しい王の噂が城下町にも溢れた。
一番の候補は第一王女アザミ。
末っ子の第三王女リリも、可能性はあり、それぞれの姫の下、兵士達が集まるようになった。
ところが、第二王女ディジーの下に集まる者は誰もいなかった。
第一王女、第三王女の兵士達の面接が終わる頃、やっと集まりだしたと思ったら——。
離れにやって来た連中は、どこからどう見ても、第一王女と第三王女の面接に落ちたであろう者達。
整列もせず、ダラダラとそこにいる。
しかも、女がひとりいる。
信じられない。
「・・・・・・貴様等! それでも我が姫に仕えようとする者か!」
そう吠えたオレに、
「来たくて来た訳じゃねぇよ。嫌ならクビにしな」
と、無礼な言い草。
「アザミ王女、リリ王女に引き取られなかったからと言って、ディジー王女に来た余り者が、クビにした所で行く宛などない癖に、偉そうな口を叩くな!」
「ほざけ! 無能姫に仕えるくらいなら、行く宛なく彷徨った方がなんぼかマシだ!」
コイツ等をクビにしたいのは山々だ。
だが、そうすると第二王女ディジーだけが、兵士のいない戦になってしまう。
それこそ、負け戦だ。
「・・・・・・おい、お前!」
オレは目の前の男の弓に目を取られた。
「おい、お前、その弓は?」
「はぁ? 何か?」
「その弓はお前が作ったのか?」
「あぁ、手先は器用なんでね。オイラが作る武器は使い勝手がいいぞ。買うか?」
「・・・・・・お前、どこかでオレと会ってないか?」
「やべ! オイラ、お前とどこかで会ってるか? そりゃ、もう時効だろ!」
「・・・・・・悪さばかりしてたのか?」
そう聞いたオレの背後で、
「ソイツを忘れたのか? スリの名人をさ」
そう言った男。
「・・・・・・スイバ?」
「久しぶりだな、シンバ!」
「スイバなのか?」
「あぁ、俺だけじゃないぜ、みんな、ここにいるみんなが、龍の牧場にいた奴等だ。おい、お前等、シンバだぜ、忘れたのかよ?」
スイバがそう言うと、皆、ざわざわと騒ぎ出した。
よく見れば、すっかり大人っぽくなっているが、みんながいる。
武術を得意とするスイバを始め、剣術を得意とする二刀流のハガネ。
目が不自由だが、風を読むマダン。
スリの名人ハガ、大食らいのダン、弓使いのクーガ、高飛びのグンジ、影のラルク。
他にも、みんな勢揃い。
それだけじゃない。
褐色の肌を持つ移民族がいる。
龍使いではないが、地龍達と、大地を常に旅し、安住する場所を好まない民だ。
その移民族の血が嫌われ、ここに来たか、身分は低いが、アイツ等は生きる術を知っている。武器とする槍は、龍を従える程だ。
また旅に出る迄の長い期間、ここで過ごす為に来たのだろう。
たまたま移民族の、その期間に、この大地に訪れ、我々にチカラを貸してくれるとは。
勝てる。
戦をしても余裕で勝てる。
なんせ、皆、龍を自由自在に操れる連中ばかりだ。
「だけどシンバって第一王女の側近だろ? オイラ、そう聞いてたぜ?」
そう言ったハガに、オレはドキッとした。
ふと、みんなの目がオレを責めているような気がした。
「まぁ! 沢山の兵士が集まってくれたんですね!」
そう言って、宮殿から出てきたディジー王女の表情は、とても嬉しそうで、その反応にもオレは驚いた。
人前になかなか出て来れないディジー王女が自ら、宮殿から出てきたのだ。
ディジー王女は、オレが驚いているのを察してか、
「アタシの下で働いてくれる人達だから、アタシが頑張らないと。アタシを選んでくれた人達だもの、きっとシンバと同じで、強くて優しい人達だわ」
そう小声で、オレの耳元で囁いた。
オレは、なんてバカなのだろうか。
どうして、最初から、この姫に仕えようと思わなかったのか。
この姫の下で働ける事を心から感謝しなければならない。
神が与えてくれた、オレの最高の運を使い果たしてでも、この姫を選ぶべきだ。
「おいおい、第二王女のお出ましだが、どうするよ?」
誰かがほざいた。
昔のオレと同じ考えでクビになろうとしているのか。
第一王女、第三王女からもいらないとされれば、もう出世はできないと思っているのか。
負け戦など、興味もないのか。
なんにせよ、一番、悪いのはオレだ。
「姫、申し訳ございませんでした!」
突然、跪き、頭を下げるオレに、皆、驚いた。
「どうしたんですか? 何かあったんですか?」
一番、驚いているのはディジー王女だ。
「・・・・・・姫、私は嘘を吐いてしまいました」
「嘘?」
「ここに集まった者達の殆どが、私の友人であります」
「え? そうでしたか。シンバが呼んでくれたんですか?」
「そうではありません! 私は姫に仕える前、この者達に、第一王女に仕えると思わせてしまいました。私は、否定もせず、嘘を吐き続けて来たも同然です。申し訳御座いません!」
更に深く頭を下げるオレに、皆、ザワザワと騒ぎ出した。
何故、無能姫にオレが頭を下げるのか、皆、わからないのだろう。
まだ、姫に接した事のない者達は、わからないのだ。
「シンバ、顔をお上げなさい」
そう言われ、オレが顔を上げると、ディジー王女は笑顔だった。
「謝るのはアタシの方です」
「え?」
「シンバにそんな嘘を吐かせてしまったのは、アタシが無能な姫だからでしょう?」
「いえ! それは!」
「いいんです。わかっています。皆さんも、アタシなどに仕えるのは、とても心苦しいでしょう。ですが、アタシは無能だとわかっていても、集まってくれた皆さんの為に、頑張りたいと思っています。無能だと知っていながら、アタシの側にいてくれたシンバのように、アタシにチカラを貸して頂けないでしょうか。皆さんのチカラがないと、アタシは、本当に無能ですから」
姫はそう言うと、深々と頭を下げた。
「・・・・・・いいんじゃねぇの? 貸してやろうぜ?」
そう、皆に言い出したのはスイバ。
「女に頭下げられてんだぜ? それに只の女じゃない。我が国の姫さんだ。最高位の女じゃねぇか。お前等、それでも無視できっか?」
「何言ってんだ、スイバ。お前こそ、いてもいなくてもいいんだよ。姫? おれさえいれば、他の連中などいなくても百人力!」
「クーガ、調子がいいのはいいが、龍の糞を踏んでるぞ」
「うわぁ、本当だ! マダン、お前、目が見えねぇくせに、なんで、そんなのわかるんだ? つーか、クーガ、近寄んな、くっせー!」
「騒がしいと姫さんに嫌われるぜ、グンジ」
「ラルクこそ、もう少し自分をアピールした方がいいよ?」
「つーか、ダン、お前は両手に食い物もって、アピールしすぎ!」
「オイラが城の厨房からとってきてやったんだ、腹へった〜って言うからさ」
「ハガ! お前、また勝手に盗んでしまったのか!?」
「まぁまぁ、ハガネ、いいじゃないか、今日から、ルピナス第二王女ディジー様に仕えるんだ。城の食い物くらい、幾らでも食わせてくれるさ、な?」
そう言ってスイバは、シンバを見る。
姫はいつこんなに成長してしまったのだろう。
あっという間に、皆の心を掴んでしまった。
しかも、それぞれ、いろいろあるが、気にしなければ、最高の人材が揃った。
「姫、皆、姫の為に死を覚悟した者でございます。姫の為ならば、我々は命も捨てられましょう。今、ここに、アナタに忠誠を誓います!」
そう言って、再び、跪き、頭を深く下げるオレに続き、皆、姫に跪き、頭を深く下げた。
そんなオレ達に、
「いいえ、命など、捨ててはいけません。戦で勝つ事よりも、皆が幸せになれる事を考えましょう。無能なアタシの事などより、大切なモノがあるでしょうから、もしも、いざとなった時は、アタシを捨て、逃げる事を考えると、そう誓って下さい」
誰もが、跪き、頭を下げたまま、何も言わなかったが、姫より大切なものなどないと、オレだけかもしれないが、そう、少なくとも、オレは思っていた。
だから、その誓いはオレの中で嘘となった。
それから、第二王女ディジーの騎士団が結成され、オレ達は戦への準備を始めた。
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