I Promise ~The second princess story~

ソメイヨシノ

1. 無能姫

ここはルピナスと言う出来たばかりの小さな国。



この素晴らしい国を築き上げた者、その名をシュロと言う。



シュロ王は立派な翼龍を従わせ、戦も王自身が参り、その勇ましさは民達を虜にした。



瞬く間に城下町には王に惹かれる民達で溢れた。



だが、シュロ王が築き上げたルピナスと言う国は、ダンガンエリアの中。



ダンガンと言う国は、そのままルピナスを黙って置いておく筈もなく、戦は頻繁に行っているのか、シュロ王がルピナス城に帰る日は全くなかった。



ある日の戦で、シュロ王が、ダンガンの国王の首をとり、天下を手に入れたと噂が流れたが、ダンガンの王には、まだ幼き息子がいた。



ルピナスは、幼き息子にまで手をかける事はなく、戦は一時中断状態が続いたように思われたが、それでもシュロ王が城に戻る事は殆どなく、大きな戦はいつ起こるのかと、民達の間で噂は続いた。



それでも平和な日々は続いた——。






「オレは、いつかシュロ王に仕えるんだ。一緒に戦に行って、シュロ王をお守りして、シュロ王の愛する国を守って、シュロ王が大切に想う民を愛していくんだ」



それがオレの夢だった。



オレは、シュロ王に憧れる沢山の民達以上に、偉大なるシュロ王に憧れを抱き、尊敬していた。



それはオレの父親が、シュロ王を尊敬していたから、その影響もあるのかもしれない。



幼い頃から、シュロ王の武勇伝を子守唄変わりに聞かされて来た。



オレの父親は、シュロ王に仕えているイヤーウィングドラゴンのバルーンの世話を仕事にしている。



イヤーウィングドラゴンは翼龍と言って、空を自由に飛べる龍だ。



だが、その龍は、バルーン以外、もう、どこにもいない。



その為、他の龍とかけあわせ、新たな翼龍を生み出す事も仕事の内だ。



どうやら、他の翼龍はイヤーウィングドラゴンと相性が悪いらしく、地龍と言われる大地を駆ける龍とかけあわせているのだが、なかなかバルーンに似た翼龍は生まれない。



母親は、そんな父親の仕事を理解し、龍の世話を手伝っていた。



勿論、シュロ王の龍、バルーンの世話をしているのだから、収入はそれなりにあり、裕福な家庭であった。



オレは何不自由なく、育てられ、学問を学べる場所へも通わせてもらえた。



父親は、オレに豊富な知識を与える為、それは惜しみない金額を出してくれた。



有り難い事に、オレは学問が好きだった、学ぶ事は、いつかシュロ王の役に立てる事だと思い、惜しみなく出してくれた金を無駄にする事なく、様々な知識を手に入れた。



父には感謝している。



シュロ王同様に、尊敬もしている。



父は、親のいない子供達を引き取り、龍の牧場で働かせていた。



そんな父が大好きだった。



それにオレは、学問を学べる裕福な家庭で育った子供達の他に、龍の牧場に来た親のいない子供達とも友達になれた。



そりゃ、最初はいろいろあったが、オレは学問などなくても、人とは素晴らしいモノが備わっているのだと言う事も、友達を通して知る事ができた。



例えば、このスイバ。



孤児だが、龍を従えるだけのチカラがある。



大人顔負けの武術を使えるのだ。



「俺の武術は山猿仕込みだぜ」



と、笑うスイバ。



一時期、親に捨てられた後、山で猿と共に生活をしていたと言う。



スイバに武術を教えてもらう変わりに、オレの知っている学問の知識を教えた。



スイバは面白いくらい、様々な知識を吸収していく。



それもスイバのひとつの才能だろう。



もしも、スイバが裕福な家庭に育ち、学問を学ばせてもらえれば、天才が誕生するだろう。



だが、オレも負けてはいない。



スイバの教えてくれる武術に加え、ハガネの教えてくれる剣術もオレはモノにした。



ハガネも龍を従えるチカラは充分ある。



二刀流で、それは素晴らしい舞を踊るかのように、ハガネは剣を振るう。



「剣はじいちゃんの形見だから」



両親を亡くし、祖父と二人で暮らしていたが、その祖父も他界し、孤児となったハガネ。



剣も、剣術も、祖父譲りの形見だそうだ。



そして、何より、凄い奴がひとり。



マダン。



目が不自由で、何も見えていない。



常に目は閉じているから、本当に何も見えていないだろう。



だが、マダンに、小石を投げても、マダンはそれを、うまく避ける。



どんな段差がある場所も、初めて来る場所も、絶対に転ばない。



「自分を馬鹿にする者達に跪く必要はない、だから絶対に転ばない」



そう言えるようになる迄、結構、転んだらしい。



風を読めれば、目が見えなくても、見えるようになると、教えてくれたマダンは、物心ついた頃から、身内などいなかったと言う。



だが、何もないマダンには、誇り高いプライドがある。



子供ながらに、それが、どんなにカッコいい事か、オレは知っていた。



龍使いの仲間は、それ以外にも、面白い連中ばかりだった。



スリの名人ハガ。



その手捌きは素早すぎて、山猿仕込の武術でも、追いつけない時があるとスイバは言う。



大食らいのダン。



龍達の方が少食に思える程の食いっぷり。



それはもう、なんでも丸呑みしてしまうんじゃないかと思う程。



まだ幼龍は、その食いっぷりに恐れをなして逃げてしまう。



弓の使い手のクーガ。



どんなに的が小さくても、必ず命中させる。



高飛びのグンジ。



一番、背が低い癖に、物凄いジャンプ力があり、簡単に屋根を飛び越え、混雑した道を通らずとも、ピョンピョンと屋根を飛んでいく。



影のラルク。



不思議だが、自分の存在を消す事ができる。



そこにいるのだが、まるで、そこにいないかのような雰囲気。



影に潜み、かくれんぼが得意だ。



まだ他にも面白い奴等ばかり集まっている。



やはり、皆、それぞれの理由で、両親も身内もいない。



龍使いになるには、龍に、認められなければならない。



だが、頭の良い龍達は、まだ子供であれ、ずば抜けた能力を持っている事を、直ぐに理解し、直ぐに皆に懐いた。



龍達にわかる事が、人間達には理解されず、捨てられた子供達——。



だが、捨てられたからこそ、皆、心に、芽生えた野望。



オレ達はシュロ王の為に、いつか、この国で天下をとろうと誓っていた。



また、戦があるだろう。



その時こそ、シュロ王の為に、命を捧げ、国を守る戦士である為に!



特にオレは、そうなるべき人間だと思い込んでいた。



今日、父の言葉を聞く迄は——。



「シンバ、お前、今日から第二王女の付き人をやれ。第二王女に仕えるのだ」



「・・・・・・はい?」



朝から、父親に呼び出されたと思ったら、何を言い出すのだろう。



全く理解できない。



「お前も、もう10歳になった。一応、学問を学ぶ事も一通り終えた所だ。更に学問を学ぶならば、自分自身で学べばいい」



そう言った父に、シンバは閃いた。



「オレに敵地に潜り込めって事ですね!? 流石、父さん! ダンガンの王女に仕え、情報をルピナスに流すって事ですね!?」



「・・・・・・せこい、せこいぞ、シンバ!」



「えぇ!?」



「そんなせこい事をしてシュロ王が喜ぶと思うのか!?」



「え、でも」



「大体ダンガンに王女は誕生しとらんだろう。お前が仕えるのはルピナス第二王女!」



「嫌です!」



「即答!? シンバ、口答えが許される立場か!?」



「・・・・・・父さんの事は尊敬していますし、感謝もしています。ですが、オレは第一王女、もしくは第三王女に仕える事なら致しますが、第二王女だけは絶対に嫌です!」



「第一王女も第三王女も、既に付き人が大勢おり、仕えの者など、今更だろう」



「・・・・・・ですが、オレは役に立ちます! 絶対に!」



「ならば、自分を第二王女の為に役立てればいいだろう?」



「だから嫌なんです!」



ルピナスの第一王女アザミは、シュロ王に似て、勇ましく、強き姫である。



次の王になるのは、アザミ王女ではないかと言われる程で、才にも恵まれ、王の器に相応しい姫である。



ルピナスの第三王女リリは、今は亡き、お妃様に似て、それはもう美しく、そこにいるだけで皆から愛される姫である。



これもまた次の王になるのは、リリ王女ではないかと言われ、舞を舞う姿は、人々を虜にし、王になる生まれながらの素質がある姫である。



だが、ルピナスの第二王女は、何の取柄もなく、無能であった。



無能姫と言われる王女は、民からも好かれる事もなく、卑下されていた。



「オレは無能な奴に構って、出世できなくなるなんて嫌なんです!」



「残念だなぁ、シンバ、お前なら、そんな台詞は言わんと思っていたよ」



「・・・・・・オレこそ、残念です、父なら、オレの出世を考えてくれるものかと思っていました」



「悪いが、お前だけが息子ではない」



カチンと来る台詞だった。



確かに、スイバ達は息子同然だろう。



だが、一番の息子は自分だと信じていたからだ。



息子に一番も二番もないと、この時、初めて、気付いた。



「でもオレは息子です! オレは次の王に間違いなしと言われる姫に仕えたいんです! オレはシュロ王の役に立ちたいんです! なのに、どうして無能な姫に仕えるんですか!」



「理由が聞きたいか?」



「勿論です!」



もしも、納得いく理由ならば、無能姫と言われる第二王女に仕えてもいいだろう。



「・・・・・・なんていうか、そうだな、勢い?」



勢い!?



何の勢い!?



本当にショックを受けると、ガーンと言う音が頭の中に響くのだと知った。



母は父に賛成なんだろう、何も言わず、オレが城へ行く為の準備をしていた。



とりあえず、このショックを行動で表すべきかと、一応、外へ飛び出した。



「シンバ!」



「・・・・・・スイバ」



「聞いたぞ、お前、城へ行くんだってな?」



「え、あ、いや」



「すげぇな、シュロ王の為に働くんだろ?」



「そ、そりゃそうだよ」



「第一王女に仕えるって本当か?」



「あ、ああ、勿論!」



「すげぇな! 俺もいつか城へ行くよ。戦が始まると戦士を募集するだろう? その時の為に、俺は頑張るからさ! ルピナスの天下! 俺達でとろうぜ!」



スイバはいい奴だ。



無能姫に仕えると言っても、バカにはしないだろう。



だけど、言えなかった——。



こうなったら、クビになればいい。



無能姫をバカにして、クビになればいいのだ。



そして、もっと大人になったら、スイバ達と一緒に戦士になればいい。



その時こそ、第一王女の家臣として、戦で活躍できる!



両親と、龍使いとして働く仲間達に見送られ、オレは城へと向かった。



無能姫と呼ばれる第二王女は、オレが思っていた以上だった——。



メイドに案内された場所は、城より離れた場所に作られた小さな宮殿。



「こ、こんな離れに?」



そう言ったオレにメイドは、



「アナタも変わった方ですね、あの無能姫の側近を志願なさるとは」



と、まるで下の者を見るような目で見る。



仮にも王女だろう。



なのに、メイドに無能などと言われ、それでいいのか?



いや、影ながら言うには、いいのか?



いやいやいや、無能姫の側近になろうと言うオレの前で言っていい台詞か?



無礼ではないのか?



そう思いながらも、一番の無礼者はオレかと思う。



「王女様! アナタの側近になられる方が来られましたよ、でわ、私はこれで!」



小さな宮殿の入り口で、そう怒鳴るように、メイドは言うと、そそくさと、帰っていく。



「え!? え!? う、嘘、なにそれ?」



オレはメイドの態度に驚きを隠せない。



宮殿の扉すら開けず、姫の顔さえ見ず、言うだけ言うと行ってしまうなんて、無礼にも程がある。



オレだったら、あんなメイド、即効クビだ。



今、宮殿の扉が、小さな音をたて、そっと開こうとしていた。



オレは、その場に跪き、頭を下げ、



「シンバと申します! 今日から姫様のお側近くに仕えさせて頂く事となりました!」



そう叫んだ。



返事がなく、そっと顔を上げると、少しだけ扉が開いていて、そこから、覗くように、こちらを見ている小さな女の子。



ルピナス第二王女ディジー、8歳。



「・・・・・・あ、あの、な、中に入って下さい」



なんとも頼りなげな声で、そう言って、何故か、扉を閉めた。



「はっ! では、失礼致します!」



オレは扉を開け、中へ入ると、ディジー王女は、窓辺の天井から垂れている大きな幕のようなカーテンの中に、身を潜め、こちらを見ていた。



どうしたらいいものか、とりあえず、クビになる為に、毒づいてみようと思った。



「私はそのような隠れて人を観察するように見ている者に仕えられません、姫には私如き、乱暴者でがさつな者には相応しくなく、姫に合う優しく、おっとりした・・・・・・どんくさい方がよろしいかと存じ上げますが!」



クビだろう!



間違いなくクビだろう!



もうここには来なくて良いと言うのだろう!



さぁ、言え!



ゆっくりでもいい、落ち着いて、喋ってくれればいいさ!



それくらいの時間、なんぼでも待ってやろう!



さぁ、言え!



「・・・・・・あ、あの、大丈夫です、相応しくなくても、仕えて下さい。アタシは気にしませんから」



オレが気にしてんだよ!



この能無しがぁ!



どんくさいと言ったんだぞ!?



普通はこんな無礼な奴はクビにするんだよ!



「ならば、そこから出てきて下さい、姫」



「嫌です」



そこは即答かよ!?



「姫!」



大声で叫ばれ、ディジー王女はビクッとして、カーテンの中へ全て身を隠した。



オレは溜息を吐き、



「アナタは人の上に立つ人です、隠れていては、下の者が見えないでしょう。ちゃんと自分の目で、私を御覧下さい、そして相応しいかどうか、しかと判断するべきでございます」



そう言うと、跪き、頭を下げた。



ディジー王女は、カーテンの隙間から、そっと顔を出し、そして、そっと身を出し、



「・・・・・・大丈夫です」



それだけ言うと、黙り込んだ。



頭を上げていいとも、悪いとも言わない姫に、シンバは再び溜息。



頭を下げたまま、



「姫、アナタは私の主です。私は主の命令でなければ、指ひとつ動かす事ができません」



そう言うと、



「あ、あ、はい、えっと、あの、ラクにして下さい!」



ディジー王女が慌てて、そう言うものだから、思わず、オレは笑ってしまった。



顔を上げ、見ると、ディジー王女は不安そうな表情で、冷や汗たっぷりで、生け捕った小動物のように小刻みに震えていた。



「聞いても良いですか?」



「あ、はい」



「何故、このような離れに?」



「・・・・・・アタシは無能な姫です、誰にも会いたくないのです、会えば、皆に不安を与えましょう、こんなアタシが姫である事は民達に悲しみを与えるだけです。だから、自ら、ここにいる事を願い、隠れているのです」



「そうですか。ですが、どこに隠れようと、アナタはルピナスの王女です。逃げても、それは変えられません。城に戻りましょう」



「・・・・・・城には、もうアタシの居場所はありません」



「でも城内を歩く事くらい、できるでしょう」



「え!?」



「こんなところに閉じ篭もっていても、無意味です。散歩でも致しませんか。私に城内を案内して下さい」



何も言わなくなったディジー王女。



オレは、



「さ、参りますよ」



と、先に外へ出た。



すると、オドオドビクビクしながら、ディジー王女は宮殿から出て来た。



なんだ、やればできるじゃんと、オレは先にどんどん歩いていくと、あたふたしながらも、駆け足で、ちゃんと着いて来る。



それにしても、もっと堂々とできないものか。



これでは、どっちが王族か、わかりゃしない。



と、言うか、城の中を案内する者が後ろからついて来るってどうよ?



城内は広く、どこへ向かえばいいのか。



そこ等にメイドだの、兵士だのがいるが、小さな離れの宮殿から出てきた第二王女ディジーが珍しいのか、ジロジロと見られるだけで、誰一人として、頭を下げる事さえない。



だが、オレは堂々と広いローカの真ん中を通る。



振り向けば、ディジー王女は、ローカの隅っこを歩いている。



オレはやれやれと溜息を吐き、



「姫、何故、堂々としないのですか」



そう尋ねると、



「ど、堂々とは?」



そう尋ね返された。



「いいですか、アナタは王女なんですから、堂々と真ん中を歩いて下さい」



「で、でも」



困った顔をするディジー王女。



オレはどう説明すれば、この王女にわかるのか、考えた。



『アタシは無能な姫です、誰にも会いたくないのです、会えば、皆に不安を与えましょう、こんなアタシが姫である事は民達に悲しみを与えるだけです。だから、自ら、ここにいる事を願い、隠れているのです』



その台詞が本当ならば——



「姫、アナタが堂々としてくれなければ、私が困るのです」



「え?」



「私を困らせたいのですか?」



「い、いえ、そんな!」



「では、私の後ろで、私が歩く道を歩いて下さい。隅に寄る必要などありません」



無能姫は自分を犠牲にしてでも、誰かをたてる事を選ぶ人だと感じた。



私を、たてて下さるだろう。



「わ、わかりました」



「良かった、そう言って下さって。所で姫、この長いローカはどこに繋がっておられるのでしょうか?」



「ガーデンに着きます。そこは美しい花々が咲き乱れています。亡き母の大好きだった場所らしいです」



「それは是非とも見てみたい!」



「で、では、参りましょうか」



そう言ったディジー王女に、オレは笑顔で頷いた時、



「ここで何してるの?」



と、声をかけられた。



第三王女リリ。



リリの背後には、両手で数える程の取り巻きがついている。



皆、第三王女の側近だろう。



まだ6歳とは言え、流石、噂通りの美しさ。



この小さな可愛らしい体で、どんな舞を舞うのだろう。



思わず、想像しただけで、見惚れてしまう。



「あ、あの、リリ様」



リリ様!?



ディジー王女が第三王女の事を様づけで呼び、しかも、心なしか、頭を下げているように見える。



「なぁに? もしかしてガーデンに行くの? これからリリが行くのよ? それでも行くの?」



そう言われ、ディジーは何も答えれず、俯いたまま。



「どいて」



更にそう言われ、ディジーは折角、真ん中に立っていたのに、また隅へ行こうとした。



「お待ち下さい!」



オレは、叫んでいた。



「・・・・・・誰?」



第三王女リリは自分の付き人である者に、そう尋ね、付き人達もオレをジロリと見た。



「今日から第二王女ディジー様の側近として、御傍においてもらえる事となりました、シンバと申します」



「ふぅん」



リリ王女はどうでもよさそうに、とりあえず頷いて見せた。



「失礼を承知の上で申し上げますが、ディジー王女はリリ王女の姉君様でございます。道を譲るのならば、リリ様の方ではないでしょうか!」



オレのこの台詞に、リリ王女の取り巻きが吠えた。



「無礼者! リリ姫に退けと言うのか!」



「それが道理と言うもの!」



「ふざけるな! この方はルピナスの第三王女リリ様であるぞ! 誰からも愛され、次の王の候補に上がっておるのだぞ!」



「誰からも愛されてなかろうとも、王になれる器も、今はなくても、ディジー王女様は、ルピナスの第二王女でございます! リリ様の姉君を侮辱する事はリリ様を侮辱するのと同じではないのですか!」



何故、無能姫の弁護をしているのだろう。



このままでは出世の道から外されるじゃないか。



「あなたがディジーの側近になられた者ですか?」



そう言って現れた第一王女アザミ。



15歳であるアザミ王女は、まだ10歳のオレにとって、とても大人に見えた。



皆、ローカの端により、跪く。



勿論、こればかりは、オレも跪く。



「王から聞いております、新しい側近が来た事。我が国はできたばかりで、まだ小さい。だからこそ今が大事な時。私は父から譲り受けた勇敢なチカラがある。リリは人々を癒す母親譲りのチカラがある。だがディジーは何もない。何もないのであれば、せめて大人しく、王族である事も忘れてくれる事が勤めではあらぬか? 王族として生まれた以上、無能な事は許されない」



ディジー王女は、只、黙って俯き、下唇を噛み締めていた。



「シンバとやら、人は有能だからこそ、上に立つ。無能な者は退ける。そう思わぬか?」



「・・・・・・思います」



「ならば、ディジーとここを立ち去るが良い」



「おそれながら、私はアナタの言葉に従う事は致しません」



オレが、第一王女アザミ様を『アナタ』呼ばわりした事に、皆、ざわめいた。



第一王女アザミの側近達は、目を丸くして、物凄い表情をしている。



それどころか、跪いていたオレは立ち上がり、アザミ王女の前に立った事に、皆、驚いた。



「アナタは人への情と言うものがない。人の上へ立つ者が、情の欠片もなければ、国は良い国へと発展はしない」



余りの無礼ぶりに、アザミ王女の側近である者が、前へ出てきて、シンバの首を掴み、



「この無礼者めが!」



と、叫び、投げ飛ばそうとしてきた。



だが、手さばきはスリの名人ハガに比べれば遅い。



ハガの手さばきを見て来たシンバにとって、それをかわす事は軽い。



それに加え、スイバの武術を心得ているシンバは、投げ飛ばされるどころか、簡単に、相手を投げ飛ばした。



たった10歳の少年に投げ飛ばされる大の男。



しかも第一王女アザミの側近だ。



それなりに心得のある者の筈だが、シンバにとったら、大した事はない。



皆、驚きを隠せずにいる。



シンバは自分の乱れた服装をサッと直すと、



「我が主は第二王女ディジー様でございます、主を侮辱する者は何者であろうとも、私にとって無礼者です。そんな者達に下げる頭もなければ、跪く必要もない!」



そう言った。そして、



「そこをおどき下さい! 我が主、ディジー様がお通りでございます!」



そう叫んだ。



どうやら、シンバに掴みかかって来た者は、この中で一番強かったのだろう、他に誰も出て来れずにいる。



「・・・・・・お前も無能だったと後悔するがよい!」



アザミ王女はそう言うと怒りの表情のまま、背を向け、立ち去る。



側近達も逃げるように、アザミ王女を追う。



「ね、ねぇさまぁ」



と、甘える声を出して、リリ王女もアザミ王女を追って、去っていった。



「何が勇敢な姫だ、只の傲慢なだけじゃないか。誰からも愛される姫ってのも、只の甘え上手って感じだな。くだらない」



そう呟いたオレの顔を覗き込み、



「あ、あの、シ、シンバ? ご、ごめんなさい?」



と、何故か謝るディジー王女。



「どうか致しましたか?」



「ア、アタシの為に、その、あの、ごめんなさい」



「姫、それは違いますよ」



「え?」



「よくやったとお褒め下さい。私は姫の為に仕え、姫のお褒めの言葉が最高の幸せでございます故、褒めて頂けるのであれば、私はいつでも姫をお守り致しましょう」



そう言って、跪くオレの頭を、まるで小さな子供をあやすように撫でて、



「よくやって下さいました」



と、初めて笑顔を見せてくれた。



もう、この時、オレは第二王女ディジー様に仕える事を嫌だとは思わなかった。



寧ろ、この姫で良かったとさえ、思っていた。



なぜなら、彼女こそが、王に相応しい姫であると悟ったからだ。



「姫、私に褒美を下さい」



「あ、は、はい、ですが、アタシは宝石も金貨も持ってないので、そうだわ、宮殿に戻れば、シルクがある筈です、それを——」



「いえ、褒美とは、姫様が、もっと姫らしくなる事です。姫、私に約束をして下さいませんか? 姫は姫らしく成長される事を。私の為に、次の王の候補になられるよう!」



「・・・・・・それは無理です、アタシは無能姫ですから」



「ならば、私は一生、無能姫に仕えなければならないのですか」



「あ、いえ、あの・・・・・・」



「ならば、私をクビにして下さい。私は努力もしない者に、一生を捧げるつもりはございません。クビにしてくれないのであれば、自ら、立ち去るのみ!」



そう言ったオレに、ディジー王女は、焦った顔をして、今にも泣きそうになり、



「頑張りますから! アタシ、シンバの主に相応しくなるよう、頑張りますから、アタシを一人置いて、いなくならないで下さい」



そう言った。



まるで、小さな妹ができたかのようだ。



これでは、どっちの身分が上か下か、わからないが、それでも、優しく頭を撫でてやり、



「頑張りましょう、我が主がそう言うのであれば、私はどこにも行きませんから」



そう言った。



「約束ですよ、シンバ」



「ええ、約束です」

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