08
箱の入った紙袋を抱いて、ほとんど走ってるみたいな早足で病院の廊下を歩いた。
まりちゃん、絶対変に思ったと思う。でも入院中でしかも目が見えないまりちゃんは、そう簡単に外出できないはずだ。私が一度持ち出してしまえば、なかなか取り返しに来られないはず。箱が変わってることに気づかれるかどうかわからないけど、しばらく時間をかせげたら大丈夫、きっと大丈夫だ。
おねえさんだって、私が箱を持っていくことくらいは許してくれると思う。元々は私についていたものなんだし、それに環さんとちがって、私には何もできない。せいぜい箱にお札を貼り足すくらいだ。
ナースステーションの前を通り、エレベーターに乗って一階に下りる。まだ何も起こらない。いやな匂いも声も全然しない。きっとおねえさんもあいちゃんも、怒ったりしてないってことだよね……と自分に言い聞かせた。
一階でエレベーターが止まる。一階のフロアに出て、玄関を通って病院の外に出た。
すごくいい天気だった。日光がまぶしくて、首すじがじりじりと暑くなる。事故があったところは、まだ黒と黄色のテープで囲まれている。そこを避けながら駐輪場に向かってロータリーを歩き始めたとき、急に背中がざわっとした。
後ろから足音が近づいてくる。
普通のひとじゃない。私をめざして歩いてきてるってことが、理由もないのになぜかわかった。
早く前に進まなきゃ、と思うのに、足がうまく動かない。ようやく一歩踏み出したときには、足音はすぐ後ろにせまっていた。
(無視しなきゃ)
環さんはおねえさんのことを無視しろって言ってた。でも怖い。見えないのに、何も話しかけられてないのに、後ろから近づいてくる人がすごく怒ってることがわかる。
うつむいて、何も気づかないふりをしながら、反対の足を踏み出す。もう一歩。もう一歩。
(ごめんなさい。なんで怒ってるの)
こっそり心の中で話しかけた。涙が出て、汗といっしょにあごの方に落ちる。
肩にひた、とだれかの手がさわった。女の人の手だ、と思った。
そのまま後ろから私に抱きつくみたいに、二本の腕が肩ごしに前へと伸びてくる。顔を上げないようにしながら、私はちらっと横を見た。病院の建物、大きな窓がすぐ近くにある。大きなガラスに映っているのは私だけだ。
でも、すぐ目の前に腕が見える。女の人の腕。
ほっそりして、色白で、爪をきれいに切りそろえている。
(おねえさんの手じゃない。この人、おねえさんじゃない)
どこかで車のタイヤが道路をこする、鋭い音がした。
私は目を閉じた。
「動くな」
男の人の声がして、急に体が重くなった。立っていられなくなって、私はその場にしゃがみ込んでしまった。
右手を壁にあてて、こっちを見下ろすように立っていたのは志朗さんだった。
「動くな。動かない。動くな。ああ、名前が必要なやつじゃなぁ」
そう言うと、具合が悪そうにふーっと息を吐く。ぶわっとお酒のにおいがした。
志朗さんがしゃがむ。目を閉じた顔が私にぐっと近づいた。私の頭の上あたりに、志朗さんの右手が伸びてきた。
「
そのとたん何かがすっと消えて、周りの空気が変わった。
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