04
まりちゃんには病室で待っていてもらって、私は待合室にある公衆電話のところに行った。
公衆電話で電話をかけるのって初めてかもしれない。緑色の電話機にお金を入れてボタンを押すと、呼び出し音が鳴り始めてやけにドキドキした。
『はい。志朗です』
すぐに出てくれた。私が名乗ろうとすると、受話器から『もしかして、町田葵さん?』と声が聞こえた。
「えっ、あっそうです」
『ちょうどよかった。もしかして葵さん、小早川まりあさんの病院にいます?』
「ええと、います。病院の公衆電話からかけてます」
『じゃあちょうどいいや。小早川さんと連絡をとりたいので、携帯を一台用意しました。今から代わりの者が届けにいくので、小早川さんに伝えてもらえませんか? 不審者扱いされると気の毒なので、葵さんから一言言っておいてもらえると助かります』
「わかりました……あの、まりちゃんが箱を持ってて」
『箱ねぇ、あれじゃろうなぁ……』志朗さんがどこまで知っているのかわからないけど、なんだか話は通じてるみたいだ。
『とりあえずこのまま、まりあさんに持っててくれるよう伝えてください。まりあさんが持ってる分には、今のところ大丈夫だと思います』
「は、はいっ」
『じゃあ、一旦失礼します』
電話を切られてしまった。
とにかく携帯のことをまりちゃんに伝えなきゃ。廊下を歩いている間、ふと思った。志朗さんは、代わりの人を来させるって言っていた。
どうして直接来ないんだろう?
「突然すみません。志朗の使いのものです」
私が病室にもどったあと、少しして病室のドアがノックされた。なんだか近くで見てるみたいなタイミングだ。
えんりょがちに入ってきた男の人を見て、私は仁王像を思い出した。前に家族旅行で奈良に行ったときに見たのだ。あとになって思えば失礼だったかもしれないけど、とにかく第一印象は仁王像だった。それくらい大きくて強面のひとだったのだ。
男の人はドアを狭そうにくぐってきた。体が大きいから、部屋が一気に小さくなったような気がする。目を開けて私とまりちゃんを見ていたから、この人はよみごさんではないんだな、とすぐにわかった。
「すみません、驚きましたよね……怪しいものではないです。志朗の事務所で雇われてる者で、
大きい人は決まり悪そうにこめかみをかいた。やっぱり、黒木さん自身はよみごさんではないみたいだ。私とまりちゃんを見て、それから不思議そうに病室全体を見回す。でも気を取り直したみたいにまたこっちを見た。
「ええと、志朗本人が来ればよかったんですが、ちょっと難しいみたいで。届け物をしにきました」
そう言って、携帯ショップのロゴが入った紙袋を取り出した。
「小早川さんと連絡をとりたいそうなので」
と言いながら、キッズケータイを取り出す。黒木さんが持つとものすごく小さい。
「横のボタンが電源で……で、画面の下の方にショートカットがあって、左下の方を適当にさわってれば電話できると思います。一回かけてみてもらえますか?」
「あっ、はい」
ケータイを渡されたまりちゃんが、画面を手探りする。志朗さんはまりちゃんが目が見えないことを知っているのかもしれない。
少しすると電話がつながった。
『もしもし、小早川まりあさん?』
さっき公衆電話で聞いた声が、また聞こえてきた。
「はい。小早川まりあです」
まりちゃんが緊張ぎみに応える。
『突然すみません。環の後任の志朗といいます。そちらに直接うかがえないもので、電話で失礼します』
「わ、わかりました。あの」
『一応まりあさんのお父さんに話通ってるので、右下の方がお父さんの番号のショートカットになってます。あとかかった通話料とか全部妹尾に回しますんで、遠慮なく使っちゃってください。妹尾さんすごいので』
すごいんだ。そのとき、窓の外から救急車のサイレンの音が聞こえた。少し遅れて、まりちゃんが持っているケータイからもかすかにサイレンが聞こえだす。志朗さん、本当に近くにいるんじゃないかな……ここに来られないって、どうしてだろう?
一度黒木さんに替わってほしいと言われたまりちゃんが、ケータイを黒木さんに渡す。手や頭が大きいから話しにくそうだ。
『もしもし黒木くん、移動したいのでそろそろ戻ってもらっていい? あと箱にアレ巻いてきてください』
「了解です」
黒木さんは電話を切ってまりちゃんに返すと、「ちょっとお借りします」と言ってまりちゃんが持っていた箱を手に取った。さげていたビニール袋から緑色のテープを取り出すと、お札ごと箱をぐるぐる巻いてしまった。
「これ、お札の代わりだそうです」
「それでいいんですか!?」
「さっき『理屈は大体同じ』って言いながらサインペンで側面を塗ってたので、たぶん……」
いいんだ。なんか志朗さんって、環さんとタイプが違うよみごさんのような気がする。黒木さんはテープを三分の一くらい巻いてしまうと、緑色になった箱をまりちゃんに返した。
「じゃ、失礼します。お大事に」
黒木さんは私たちにぺこっとおじぎをして出ていった。ちょうど様子を見にきた看護師さんとすれちがったけど、看護師さんも驚いたらしい。ドアを閉めた後で、
「大きい人ねぇ」
って思わず口に出したくらいだ。でもその後病室の中を見回して、
「あら、今出て行ったの、男の人ひとりだけよね?」
と言った。
「はい」
「女の人がいなかった? 大人のひと」
私もまりちゃんも首をかしげる。
「いませんけど……」
「ああ、そう? 外から話し声が聞こえた気がしたの。じゃあきっと気のせいね」
看護師さんはにこにこしていたけど、私は背中がぞわっとした。そういえば黒木さんも、入ってきたときに病室の中をきょろきょろ見回してた――
私たち以外のだれかがこの部屋にいるのかもしれない、と思ったら、自然と目があの箱に引きよせられた。
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