03
まりちゃんの目はもう全然見えなくって、よくなることもないらしい。でもまりちゃんは、そのことをもう受け入れたみたいな感じで、びっくりするくらい落ちついていた。
「たぶんわたし、転校とか、引っ越しとかすると思う。パパの仕事場の近くとかになるのかな」
まりちゃんはそう言った。もうずっとそのことを考えていたみたいな、静かな声だった。
正直、そういう可能性もあるかな……って前から思ってはいた。だけど、まりちゃん本人からそう言われるとやっぱりさびしくて、でも引き留めるのもまりちゃんを悲しませる気がして、「そっか」としか言えなかった。
まりちゃんは「へへ」と笑った。目元は見えないけど、ちゃんとまりちゃんの笑い方だった。
「でもなんか、それどころじゃない気がしてきた」
そう言って、まりちゃんはひざの上の箱をなでた。
「それ、なに?」
「話すと長くなりそうだけど、わたしが育ててたものと、あおいちゃんについてた呪いが入ってる」
「私に?」
「うん――って、環さんて人が言ってた」
そうか、まりちゃんも環さんのことを知ってるんだ。
私はベッドサイドのイスを引きよせて座った。まりちゃんと色んなことを話したい、というか、話さなきゃならないと思った。
「ほんとはないしょだったんだけどね……」
先に話し始めたのはまりちゃんだった。まりちゃんは私の手をにぎったまま、ずっと育てていた「あいちゃん」っていう何かのことを話してくれた。
「――ずっとあおいちゃんに話してみたかったの」
一通り話し終えると、まりちゃんはさっぱりした声で言った。
何て言ったらいいのかわからなかった。私は多岐川先生が学校を休んだのも、まりちゃんのママと連絡がとれなくなってるのも知ってる。まりちゃんの話が本当だとしたら――たぶん本当なんだろうけど、この箱の中にはすごく危険なものが入っていることになる。私についていたおねえさんより危険かもしれない。
私が何も知らなくて、まりちゃんのピアノのこととか心配してる間、まりちゃんがこんなことをしてたなんて知らなかった。私が知らなかっただけで、まりちゃんはきっと、すごく一人ぼっちだったんだな、と思った。
まりちゃんが今こうやって色々話してくれるのは、私とのお別れが近いからなんだと思う。私はまりちゃんの手をぎゅっとにぎり直した。
まりちゃんが環さんの事故のことを知ったのは、昨日まりちゃんのパパがお見舞いにきたときらしい。パパが来たときにはもう警察が来ていて、玄関のところに立入禁止のテープが貼られていたみたいだ。事故のときにはすごく大きな音がして、それはまりちゃんも病室で聞いていたけど、まさか自動車が突っ込んだとは思わなかったらしい。
「ほんとはこの箱、環さんが持ってったんだけどね。戻ってきちゃった。事故のとき、環さんがわたしに渡してほしいって、病院のひとに頼んだんだって」
「事故のあと、環さんに会えた?」
「ううん」
まりちゃんは首をふった。
「ね、あおいちゃん。わたしどうしたらいいのかな。この箱……」
まりちゃんは右手で箱をなでた。よく見ると、お札に茶色っぽいしみがついている。血がついてるんだ、と思うとぞわっとした。環さん、本当に大丈夫かな? 志朗さんはたぶん大丈夫って言ってたけど。
「あ、そうだ! 環さんが動けなくなったから、代わりのひとが来るって」
病院なのに思わず大声を出してしまった。
まりちゃんの話におどろいてたせいもあるけど、それでもこんな大事なことを伝え忘れるなんて、ちょっとどうかしていたと思う。おまけに今、財布の中には電話番号を書いたメモが入っているんだった。
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