私とまりちゃんのこと
01
白っぽい建物の中を、だれかに支えられて歩いていたのをうっすら覚えている。夢でも見ているのかなと思っていたけど、気がついたら家の、自分のベッドの上で寝ていた。
外はもう暗い。時計を見ると夜の七時だった。変な時間に寝ちゃったなと思ったけど、それにしてはやけに頭がすっきりしていた。
一階に下りてみると、みんなが夕食をとっていた。正面に座っていたおばあちゃんが、
「葵、あらっ、目がさめたの!」
とやけにドラマチックに言った。
お母さんが立ち上がって、私の前にすごいいきおいで歩いてきた。
「大丈夫? 具合が悪いところない?」
怖いくらい前のめりだ。
「ぜ、全然具合悪くないけど……えっ? どうかした?」
「まぁー! よかった!」
なぜかおばあちゃんが大声を出す。なんだか気味が悪いなと思っていたら、
「葵、今日病院で具合悪くなったんだよ。覚えてないの?」
と、お母さんが教えてくれた。
「病院って?」
「今日、ひとりでまりちゃんのお見舞いに行ったでしょ?
「お見舞い? 環さんが?」
そこからだんだん、頭の中で話がつながってきた。
あの小屋でまりちゃんが倒れちゃったあと、環さんが来てくれて救急車を呼んでくれた。私が聞いた不思議な音は舌打ちの音で、環さんはその反響で周りを確認しながら、舗装もされてない道を追いかけてきてくれたらしい。病院には私もついていったけど、環さんが残ってくれたから家に帰ってきた。まりちゃんのお見舞いに行ったのは今日の午後で、具合が悪くなったのはそのときらしい――
と、一応わかってはきたし、心配されていたのもまぁ納得はできたけれど、正直実感がなかった。あの小屋に行ってから後は、まるで自分の体が自分のものじゃなくなったみたいで変な感じだったし、それにだんだん眠くなってきて、今日のことなんかもうほとんど覚えていないのだ。
「環さん、あの後何度もまりちゃんのこと見に行ってくれたり、色々やってくれたんだよ。葵が元気になったって、あとで連絡しなきゃ」
お母さんはそう言って、小さいころよくやってくれたみたいに私の頭をなでた。
そういえばまりちゃん、あの後どうなったんだろう。せっかくお見舞いに行ったらしいのに、全然覚えていない。
腕をつんつんと突かれた。茜が私の顔をじっと見つめていた。さっきのお母さんみたいに、怖いくらい真剣な顔をしていた。
「何? 茜、どうかした?」
「お姉ちゃん、いやな匂いしなくなってる」
そう言われて、初めて気づいた。
そういえばさっき起きてから一度も、おねえさんの姿を見たり、声を聞いたりしていない。
(もしかしたら、環さんが何とかしてくれたのかもしれない)
だったらなおさら環さんにお礼を言わなくちゃ。それでなくても、まりちゃんの病院に付き添ってくれたり、色んなことをしてくれたみたいだから。
ちょっと遅れて夕食を食べていたら、一足先に食べ終えてスマートフォンを見ていたお母さんの顔色が変わった。
「病院で事故があったみたい」
のぞき込んだ画面には、病院の大きな建物の写真が映っていた。昨日、まりちゃんが入院している総合病院の玄関にタクシーが突っ込んで、タクシー乗り場のところにいた女性がはねられたらしい。
そのとき、家の固定電話が鳴った。
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