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 一気に緊張がとけて、また涙がぼろぼろ出てきてしまった。最近泣いてばっかりだ。環さんはわたしの背中をなでたり、あおいちゃんを介抱したりするので忙しそうだった。

 呪いがはがれた後、あおいちゃんは糸が切れたみたいにベッドの上に突っ伏してしまって、話しかけても全然こたえてくれなかった。環さんはあおいちゃんを近くのイスに座らせたあと、あおいちゃんのお母さんに電話をかけて、おむかえを頼んでいた。

 おむかえが来るまでの間に、環さんは色々説明してくれた。

「さっき言った反閇へんばいというのは特殊な歩き方のことで、魔除けの効果があるとされています。これを利用して、部屋のすみに簡単な結界を作りました」

 部屋のすみに結界を作ったあと、環さんは病室のドアを開け閉めしただけで、外には出て行かなかった。こっそり部屋のすみにもどって、ずっと静かに立っていたらしい。

「相手は呪いですから、これでわたしのことが見えなくなります。普通の人には見えてしまいますけどね。葵さんには悪いけど、呪いに押し切られて意識がほとんどない状態だったのが幸いしました」

 まりあさんをだますことになってごめんなさい、と環さんは言ってくれたけど、それでよかったんだと思った。もし前もって教えられていたら、環さんのことが気になって仕方なかったと思うし、そしたら頭を読まれなくても奥の手がばれちゃったかもしれない。あのときはすごく怖くて心配だったけど、黙っていてもらってよかった。

 スマホのことも秘密にしてくれてよかった。あのおばあさん――妹尾さんとは、病室に入ってくる前から通話している状態だったらしい。

「妹尾の『動くな』に合わせて、葵さんの背中をほうきで叩いたんです。ほうきも魔除けの力があるとされています。その後はまりあさんがやってくれましたね」

 わたしの膝の上には、あいちゃんの箱がある。環さんが周りにたくさんお札を貼ってくれたから、今は静かだ。

 この中に、あいちゃんと呪いが一緒に入っている。

「環さんがホームセンターに行ったのって、ほうきを買ってたんですか?」

「そうです。院内を探すより買った方が早いと思って」

「すごいですね、環さん」

 本当にそう思ったのだ。でも環さんは「ありがとう。でも実はね、わたし全然すごくないんです」と言って、ちょっと笑った。

「わたし、正直よみごとしての才能はあまりないんです。わたしの家は生まれつき目の弱いひとが多くて、何人もよみごを出してきました。だから子供のとき、完全に失明する前から『当然よみごになるだろう』みたいな扱いをされてて、わたしもそう思ってました。でもわたし、呪いみたいなものがようになるまですごく時間がかかったんです。それに祓う方だって、祝詞とか反閇とかほうきとか、あと強い人に協力してもらうとか――いろんな小道具を使ってとりつくろって、それでなんとか一人前なんです」

 環さんはそんな風に言ったけど、わたしはやっぱりすごいと思った。いろんな小道具を使って、ほかの人にも頼みごとをしてなんとかするっていうのは、環さんの弱点じゃなくて得意技だと思う。だから素直にもう一度「すごいですよ」と言った。

「ありがとう」

 環さんの声は、今度はちゃんと嬉しそうだった。でも急にしゅんと静かになって、「まりあさん」と呼びかけてきた。

「わたしはあなたに、謝らなければならないことがあります。あなたのあいちゃんを、葵さんから呪いをはがすために使ってしまった。山津家のことはわたしたちよみごの案件だったのに、そこにあなたたちを巻き込んでしまった。そのことについて、お話をさせてください」

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