12

 わたしはずっと一人っ子で、妹なんかいない。あいちゃんは大事だけど妹なんかじゃない。だってあいちゃんは人間じゃないんだから、わたしの妹のはずがない。

 わたしの顔をはさんでいるあおいちゃんの手の力が、少しだけ強くなる。

「まりちゃん、まりちゃんの憑物が妹だって知らなかったの? この子はねぇ、ママのお腹の中で、あんたに栄養とられて育たなかった方の子どもだよ。私、わかるよ。むかぁしむかしから小早川の家には女の双子が多くて、おんなばらのちくしょうばらっていわれるのがくやしくってくやしくって、それで片っぽをまびいて憑物にしたんだよねぇ。かわいそうだねぇ。ずーっとそうやってお家を大きくしてきたんだよ。今でも本家筋には必ず双子ができるって私、ちゃあんと知ってるんだから。何でかわかる? あおいちゃんのお母さんの頭の中をのぞいたの。のぞいたらわかるんだよ。ああいやだいやだ、かわいそうだねぇ。この子泣いてるよ。お姉ちゃんのところに帰りたいってずっと泣いてるの。ねぇ、まりちゃん」

 わたしはまだだまっていた。わざとじゃなくて、ただ言葉が出なくて何も言えなかった。呪いの話なんて本当かどうかわからない、と思っても両手がふるえた。

 環さんはまだ戻ってこない。もしかして本当に何かあったのかもしれない。だって何もないなら、「すぐに戻ってくる」って言ったんだから、もうとっくにここに来ているはずだ。どうしよう。もしも環さんが戻ってこなかったら。

「ねぇ、まりちゃん。妹を迎えにきてあげてよ。それともまさか、やり方がわからないんじゃないよね? ね? もしもそうやってくれないんだったら困るの。まりちゃんの頭の中はさわれないし、困ったなぁ」

 あおいちゃんの手が、わたしのこめかみを押さえてぐにぐにと動く。

 今わたしの目の前にいるものは、あおいちゃんの手を持っていて、あおいちゃんの声をしている。でもわたしの目がもし見えたら、こいつはあおいちゃんの顔じゃなくて、あの穴が空いた呪いの顔をしている。そんな気がしてしかたなかった。こいつはもうあおいちゃんじゃない――

 あおいちゃんの声が突然、「この病院、大きいねぇ」と歌うように言った。

「まりちゃんがいるこの病室だって、大きな建物の五階だよ。ねぇ、まりちゃんがおねがい聞いてくれないなら私、そこの窓から飛び降りるからね」

 そう言われたとたん、髪がざわっと逆立つような感じがした。

 気がつくと口が動いて、「動くな」と言っていた。

 わたしはあいちゃんを戻す方法を知らない。このままだとあおいちゃんは死んじゃう。おねがいだから動かないで。

 おねがい。

 部屋の中がしんと静かになった。それからくすくす笑いが聞こえ始めた。あおいちゃんの声だ。

 わたしのおでこに、あおいちゃんのおでこがこつんとぶつかる感じがした。あおいちゃんの指が、わたしのこめかみにくるくる輪を描く。

「いやだ」

 わたしの前にいるものが、あおいちゃんの声で笑った。


『動くな』


 突然、聞いたことのない声が聞こえた。

 しゃがれたおばあさんの声だった。

 そのとたん、あおいちゃんの指が、わたしのこめかみの上でぴたっと止まった。

 だれもいなかったはずの部屋の隅から、急にガタッと音が聞こえた。次の瞬間、バン! となにかを叩くような音がした。

「はがれた! まりあさん、これ持って!」

 環さんの声だった。

 環さんは、わたしの両手の間になにか四角いものをおいた。大きさと手触りで、わたしにはそれが何かすぐにわかった。

 あいちゃんを入れていた箱だ。

「あいちゃん!」

 とっさにあいちゃんを呼ぶと、部屋の中が一瞬、しん、と怖いくらい静かになった。それからまた、ぶわっといやな匂いが強くなった。顔に生暖かい風があたって、手の中の箱がガタガタッと震えた。

「よし!」

 環さんが箱のふたをおさえる。「貼りますね!」という声がして、持っていた箱をひったくられた。

「――大丈夫、応急処置ですがすみました。ごめんなさい、まりあさん」

 環さんの声はふるえていた。「まりあさんが万が一頭の中を読まれたらと思うと、これから何をするか教えることができませんでした。怖かったですね」

『うちが昔できなんだことを、よくやった』

 またおばあさんの声がした。『えらかったねぇ』

「わたしのスマートフォンです。スピーカーモードにして、通話状態のままテーブルに伏せておきました」

 環さんがスマホを持ち上げたらしい。カタンと音がしたあと、環さんは「妹尾さん、お手数おかけしました」と言った。

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