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 看護師さんに心配されながら病室にもどった。

 看護師さんがいなくなるといよいよひとりぼっちだ。大丈夫、これから環さんが来る――でも、来なかったらどうしよう? ベッドの上でできることもなくて、あいちゃんの名前を呼ぶのも全然集中できなくて、やきもきしているとようやく環さんが来てくれた。環さんが病室に入ってくるとき、ガサガサとビニール袋がこすれるような音がした。

「まりあさん、お待たせしました!」

 環さんの声は緊張しているようで、でもちょっと明るいというか、うれしそうな感じもする。

「どこに寄ってたんですか?」

 てっきり神社とかお寺とかそういうところかな、と思ったら、環さんは「ホームセンターです」と答えた。

「ホームセンター?」

「ちょっと用事がありまして」

 環さんはそう言いながら部屋のすみの方に歩いていった。

 しばらく窓際から足音が続いた。見えないからよくわからないけど、普通に歩くんじゃなくて、同じところを行ったり来たりしているみたいだ。

「あのー、何してるんですか?」

 環さんは短く「ヘンバイのオウヨウです」と答えた。なんのことか全然わからなかった。

「まりあさん。葵さんは今まで、記憶が飛んだり、自分の意思とは関係なく体が動いてしまったりすることがありましたか?」

「ええと、わたしが夢で見ただけです。ほかはそういうところ、見たことないです」

「やっぱり。よくないですね。葵さんについているものが、今までやらなかったことを突然やり始めたというのは、危険だと思います。輪をかけて危険です」

 危険と言われて、背中にいやな汗がじわっと出てきたような気がした。

 環さんは、ようやく部屋のすみからベッドの方へと近づいてきた。

「また少しテーブルをお借りしますね。『よむ』ので」

 巻物を広げる、スルスルという音がした。環さんは少しだけだまっていたけど、すぐに「来ますね」と言って巻物をしまった。

「あの、わたし、どうしたらいいんでしょうか?」

 とにかくあおいちゃん――というか呪いがここに来るということ、それはあいちゃんをわたしに返したくて来る、ということくらいしか、わたしは知らない。でもわたしには、あいちゃんをどうやって返してもらえばいいのかわからないのだ。

「まりあさんは、葵さんをなるべく無視してください」

 環さんはきっぱりとした口調でそう言った。

「これから来るものは、もう葵さんではない別のものだと思った方がいいです。話しかけられてもなるべくそちらを向かずに、返事もせずにいてください。今まりあさんは目が見えないので、その分あちらにとり込まれる可能性が普通の人よりは低いです。あれは目を見てきますから――でも、話してしまってはやっぱりよくないんです。一応お札もお渡ししておきますね」

 環さんはそう言いながら、折りたたんだ紙をわたしににぎらせた。わたしはそれをパジャマのポケットに隠した。

「これって、あおいちゃんの家に貼ってあったのと同じですよね? 何が書いてあるんですか?」

「ただ墨が塗ってあるだけです。マーキングですね。よみごの痕跡がここにある、ということが大切なんです。お前のことを『よむ』ぞ、見ているぞというアピールが、相手を多少怖がらせるんです」

 環さんは早口で説明をする。

「まりあさん。よみごには『よむ』だけでなく、よくないものをつかまえて、それを取り除くことができます。どうやるのかは詳しく説明できません。呪いは人の頭の中をいじるものですから、あなたの考えを読まれるおそれがあります。でも、もしもまりあさんが怖くなって、これ以上耐えられないと思ったら、相手に『動くな』と言ってみてください」

「う、動くな? 動くなだけですか?」

「はい。言葉には力があります。わたしはこういうとき祝詞を唱えますが、本当に『動くな』だけで呪いをつかまえてしまう人もいます。どっちみち、今から祝詞を覚えるのは難しいですから」

 環さんはそう言うと、わたしの手をぎゅっとにぎった。

「突然大変なことになってしまったけど、これはチャンスでもあるんです。葵さんから呪いを引きはがすことができるかもしれません。呪いの内部をあいちゃんが浸食している今、呪いは今までになく弱っているはずなんです。だから今はわたしを信じて、言うとおりにしてください」

 環さんに手をにぎっていてもらうと、少しだけ落ち着いた。それと同時に、てきぱきして自信のありそうな口調の環さんが、うらやましいなと思ってしまった。

「環さんは怖くないんですか?」

 わたしが聞くと、環さんは「怖いですよ」と答えた。

「でも、よみごには時々こういう場面があるものです。そしたらもう、できることをやるしかない」

 環さんの手がわたしの手から離れた。近くでなにか、カタンと音がした。

「では、また少しだけ失礼しますね。すぐ戻ります」

 環さんはそう言うと、引き留める暇もなくベッドサイドを離れた。病室のドアが

開く音と閉まる音がした。

 急に、自分の心臓の音が聞こえそうなほど静かになった。

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