06

 七歳のときから■■■を育てていた――そこから始まったわたしの話を、環さんはじっと聞いていた。

 目が見えないから、ひとりでずっと話していると、時々「本当に環さんは聞いているんだろうか? わたしはだれもいないところに向かって話しているんじゃないか」って、不安になった。そうすると環さんは、まるでわたしがそう思ったのがわかったみたいに、「そうだったんですね」とか「それはいつ頃のことかわかりますか?」とか、声をかけてくれた。

 わたしは説明をするのはあまりうまくないけれど、環さんがあちこち手伝ってくれたおかげで、なんとか話を続けることができた。「病院で目がさめてからは、なにか変わったことはありませんでしたか?」と聞かれたので、夢の中であおいちゃんになっていたことも話してみた。

「ありがとうございます、まりあさん。やっぱり勝手によむのではなく、あなたからお話を聞くことができてよかったと思います」

 一通りの話が終わると、環さんはわたしにそう言った。

「あいちゃん、やっぱりいなくなっちゃったんでしょうか?」

 わたしがたずねると、環さんは「いいえ」と言った。

「完全には消えていません。葵さんについている呪いの中に取り込まれたまま、まだ残っています」

 あいちゃんが消えていない、と聞いて、急に心臓がどきどきし始めた。なんだか大声を出したくなってくるのをがまんして、わたしは環さんの話を聞いた。

「それがわたしの『よんだ』ことです。それに、完全に消滅させられたにしては『返し』が軽すぎるとも思います。お話を聞く限り、まりあさんとあいちゃんの関係はかなり深くなっていたはずです。なのに両目の失明で済んでいるのは、まだあいちゃんが存在しているからかと――」

 環さんはそこで一度言葉を切った。「ともかくあいちゃんは、あおいさんの呪いの中でまだ生きています。そしておそらく、内側から呪いを少しずつんです」

 急にあいちゃんの「ちょうだい」を思い出して、胸がぎゅっとしめつけられるような感じがした。あいちゃんのことですごく困っていたはずなのに、まだ消えていないって聞くとうれしい。わたしはあいちゃんのことがやっぱり好きだったんだなって、今更そんなことを考えた。

 環さんは話を続ける。

「はっきり言ってこれは、葵さんの血筋に受け継がれてきた呪いを取り除くための、絶好の機会だと思います。元々弱っていたところを、さらにあいちゃんによって削られている。もちろん少しずつではありますが、それでも前よりはマシです」

「じゃあ、あおいちゃんを助けられるってことですか?」

「かならずとは言えませんが」と、環さんはあくまで慎重だ。「挑戦してみる価値はあると思います。ただ」

 まりあさん、と環さんはわたしの名前を呼んだ。

「この方法は、あなたに大きな負担を強いることになると思います。わたしも妹尾も、おそらくお手伝い程度のことしかできません。まず、まりあさんはいずれ、葵さんについている呪いだけでなく、あいちゃんに対しても自分自身で始末をつけなければならなくなるでしょう」

「それって、わたしがあいちゃんを消すってことですか」

 環さんの手が、わたしの手を包んでぽん、と叩いた。その優しい手触りとは反対に、いっそ冷たいくらいの声色で、環さんは答えた。

「そういうことです」

 胸の中でどきどきしていたものが、こわいくらい急にすっと冷めてしまった。環さんはわたしの手をまたぽんぽんと叩いた。

「――少し休みますか? まりあさん、声がつかれています。長い話をした後ですし、なによりあなたはまだ体が回復していない。目のことだけじゃありません。体全体が弱っているんです。まりあさん、ひとりであいちゃんを何とかしようとがんばったんですね」

 そう言われたとき、急に鼻の奥がつんとなった。(わたし、だれかに「がんばったね」って言われたかったんだな)と気づいたら、急に涙がぼろぼろ出てきた。

「本当によくがんばりました」

 環さんはわたしの手を引いて、枕元においてあったらしいティッシュの箱の上に置いてくれた。

「お札のことはいずれちゃんと町田さんに謝るとして、ひとまずはおつかれさまでした。一度休んで、また話をしましょう」

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