05
環さんが病室を出ていったので、またヒマになってしまった。しかたないのでベッドに寝ころんで、今度パパにたのんで何か音楽を聴けるものを持ってきてもらおうと考えた。
パパ、わたしが好きな曲わかるかな? ピアノの発表会には毎回来てくれたけど、わたしが弾く曲の名前がどうしてもおぼえられないって言ってた気がする。メモを書いて渡した方がいいかな……といつものクセで考えて、そういえば目が見えないから書けないんだった、と思い出した。メモはパパにとってもらおう。本当はピアノを聴くより弾きたいけど、病院だしさすがにそれはむりだと思う。
聴きたい曲のことを考えていると、環さんが戻ってきた。環さんは歩くときにカンッ、カンッという音がするからわかりやすい。目が見えないらしいから、たぶん歩くときに白杖を使っているんだと思う。
でも、さっきよりバタバタしてるというか、足音が大きい気がする。何かあったのかな? と思っていたら、病室のドアがガラガラと開いた。
「環です! お待たせしました!」
環さんが病室に入ってきた。つかつかとわたしの枕元に来ると突然、
「まりあさん、葵さんを助けたいですか?」
と言った。
あまりに突然なのでびっくりして、でもあおいちゃんを助けたいか助けたくないかと言われれば助けたいので、よくわからないけど「はい!」と答えた。そもそも何から助ければいいのかわからなかったけど、夢で見たあおいちゃんのことを思い出した。あの夢、なんとなくふつうの夢とはちがう感じがする。もしあれが予知夢みたいなものだとしたら、あおいちゃんはきっと困っていると思う。
「えーと、すみません」環さんはわたしが「はい!」と返事をしたことに、逆に困ってしまったみたいだった。
「つい先走ってしまいました。突然すぎて、まりあさんには何のことかわかりませんよね。まず色々説明しないと……とりあえず、お気持ちはわかりました。あとでもう一度聞きますね」
イスを引く音がした。環さんがベッドの近くに座ったらしい。
「まず、あおいさんについているもののことからお話しします」
そう言って、環さんは話し始めた。
悪い夢を見てるみたいな話だった。環さんの言っていることが本当だったら、あおいちゃん、死んじゃうんじゃない? やっぱりあいちゃんがいればよかったかも、と思った。もっと強くなったあとだったら、うしろのこわいの(環さんは呪いって言ってたけど)に負けなかったかもしれない。妹尾さんってひとには無理だったことも、あいちゃんにはできたかもしれない――でも、こんなこと今さら考えたってしかたないとも思った。
それに環さんはさっき、「葵さんを助けたいですか?」と言った。それって、きっと助ける方法があるってことだよね?
「――次に、まりあさんのお話を聞かせてもらえませんか? まりあさんが育てていたものについてですが」
環さんが一度話を切って、そう言った。「知っていることだけでかまいませんが、なるべく詳しく教えてください。ここで聞いたことは誰にも言いません」
環さんはそう言ったけど、わたしは迷った。ママはあいちゃんや■■■のことは、よそのひとにはないしょにしなさいって言っていた。ママは死んじゃったけど、約束はまだ生きている気がする。もっとも、環さんはもうちょっと知っているみたいだけど、わたしが色々しゃべっちゃうのはまた別だと思う。
わたしが何も言わないので、環さんがまたしゃべり始めた。
「なかなか話してもらえないだろうとは思っていました。おそらく憑物についてはあなたの家の秘伝のようなもので、秘密にしておかなければならないことなんですよね?」
わたしはだまってうなずいた。でもこれじゃ目の見えない環さんにはわからないんだって気づいて、小さい声で「はい」と答えた。
「やっぱりそうですよね。わかります」と環さんが言う。ふーっ、と息をはく音が聞こえた。
「もしもまりあさんからお話が聞けないのなら、わたしはあえて聞かないことにします。そして、ほかのよみごの力を借りることにします。わたしや妹尾よりもっとよむのが上手いひとはいますから、さっきわたしにはわからなかったこと――たとえばあなたが育てていたものが具体的にはどういうもので、どういう育ち方をしたのか、あらかた知ることができると思います。そのための手がかりも、わたしは持っています」
もしもわたしたちの目が見えていたら、環さんはきっと、わたしの目をまっすぐ見ながら話していたと思う。そういう話し方だと思った。
「ですが、わたしはあえてあなたから話を聞きたいんです。客観的な視点からでは、取りこぼしてしまうものがあると思うからです」
迷った。すごく迷って、ママやパパやあおいちゃんのことを思い出して、それで環さんに聞いてみた。
「もしわたしがあいちゃんのことを話したら、あおいちゃんを助けられますか?」
環さんはすぐに答えた。
「絶対に助けられると約束することはできません。でも、手がかりを増やすことはできると思います」
わたしは布団のはしっこをにぎりしめた。
しゃべったらママに叱られるかな、と思った。ママはもういないけど、それでもわたしが約束をやぶったら、幽霊になってわたしを叱りにくるかもしれない。でもそのことと、あおいちゃんを助けるのとどっちが大事かと言われたら、そんなのもう決まっていると思った。手がかりがちょっぴり増えるだけかもしれないけど、でも、やらなくて後悔するよりはきっとその方がいい。
わたしは思い切って口を開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます