02

 だれかが連絡しておいてくれたみたいで、その後パパが病室に来た。環さんはそれまでわたしの枕元にいてくれた。全然知らないひとなのにいいのかなと思ったけど、すごく不安だったからうれしかった。薬のせいで眠くなって、ほとんどうつらうつらしていたけど、眠りからさめたときに環さんの手が近くにあると安心した。

 夢の中では目が見えた。ママが何度も出てきた。両手でわたしの目を隠して、「あいちゃんを大事にできなかったらお目々がつぶれるよ」と言う。そういえばママ、前にそんなこと言ってたっけ、と思ったら、夢の中なのにすごくかなしくなってきて、ぼろぼろ涙が出てきてしまった。「ママごめんなさい」っていう自分の声で目がさめたあとも、涙は本当に出ていた。環さんが手をとんとん叩いてくれた。

 ママが死んでから初めて、ママのことで泣いた。ママがいなくなっちゃったことが本当にかなしくなって、知らないひとの前なのにわんわん泣いてしまった。でも、ママのことで泣くことができてよかった、とも思った。

 パパが到着すると、環さんはすぐにバトンタッチして帰ってしまった。わたしはパパに「ママが死んじゃった」と打ち明けた。

「死体はないけど本当なの。信じてくれる?」

 パパは「信じるよ」と言って、わたしの頭をなでた。すごくすんなり信じてくれたので、ちょっとびっくりした。

「それでね、あいちゃんもいなくなっちゃった。信じる?」

「うん、信じる」

 パパは言った。「それでよかったんだよ、まりあ。あんなものに頼るべきじゃなかった。今はよくても、いつかだめになるに決まってる」

 やっぱりパパはあいちゃんを「あんなもの」って言うんだな――と思うとまたかなしくなったけれど、でも、パパの言うとおりなのかもしれないとも思った。

 あのまま大きくなったら、あいちゃんは別のひとも食べちゃってたかもしれない。強くなりすぎて、わたしの手に負えないものになっていたかもしれない。

 あいちゃんのことも大好きだったから、いなくなっちゃったことはもちろんかなしい。でも、不思議と納得がいった。わたしの目は、目と脳をつなぐところがなぜかめちゃくちゃに傷ついていて、もう治ることはないらしい。そのこともひっくるめて、行きつくところに行きついたっていう感じがした。

 あのときあいちゃんは、あおいちゃんの方に飛んでいった。そしたらあおいちゃんの頭の上あたりで、ぱっと消えてしまったのだ。その後すぐに目が見えなくなってしまったからよくわからないけど、きっとあいちゃんは、あおいちゃんの後ろにいる「こわいの」に食べられちゃったんだと思う。わたしの目が見えなくなったのは、きっとあいちゃんが大きくなるまで育てられなかったことへの罰なんだろう。

 ママがいたら何か教えてくれたかもしれないけど、もうママはいない。


「退院したら、パパが今働いてるところの近くに引っ越そう」

 パパはわたしにそう言った。

 ママもあいちゃんもいないからしかたないなと思ったけど、さびしかった。前と同じピアノ教室にはもう通えないだろうし、転校もしなきゃならない。今の友達や、多岐川先生とも会えなくなる。

 でも、あおいちゃんと離ればなれになるのが、一番さびしい。

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