あおいちゃんのこと

01

 目がさめると辺りがまっくらになっていたから、きっと夜なんだろうなと思った。

 ここがどこかわからないけど、背中の下にベッドのマットレスみたいな感触がある。エアコンの音もするから、たぶんどこか部屋の中なんだろうなと思った。わたしの家じゃない。団地のあの部屋にはエアコンがなかったし、いつも使ってた布団とさわった感じがちがう。もっとぱりっとした感じだ。

 でも本当にまっくらだ。この部屋には窓も明かりもないのかな。静かに寝ていると、ぼーっとしていた頭の中がだんだんまとまってきた。

 あいちゃんを箱に入れて、お札を回りに貼ってた。足りなくなって、ためしにうちにあった新聞紙とかでおおってみたけど全然だめで、またあおいちゃん家に行って勝手にお札をはがしてきた。そしたらあおいちゃんが、わたしを追いかけてあの小屋まで来ちゃって、それで――あいちゃんが。

 どきっとして、わたしは起き上がった。頭がくらくらしたけどそれどころじゃなかった。あいちゃんがほったらかしになってる。あれからどれくらい経ったんだろう? 早くあいちゃんのところに行かないと。

 とにかく電気のスイッチを入れないと何もわからない。枕元を手さぐりで探してみた。なにかボタンみたいなものがあったけど、押しても全然明るくならない。スイッチは別の場所、たとえば壁の近くとかにあるのかもしれない。マットレスからそっと足を下ろしてみたけど、なかなか床につかなかった。わたし、今どうなってるんだろう?

 ガラッという大きな音がした。カンッ、カンッっていう感じの高い音と足音が続いた。だれかが部屋に入ってきたのかもしれない。でもこのひとは、どうしてこんな真っ暗の中で動けるんだろう?

小早川こばやかわまりあさん」

 だれかがわたしの名前を呼んだ。聞いたことのない声だった。

「危険ですから、動かずにベッドの上にいてください」

 きりっとした声の女のひとだ。そうか、わたしやっぱりベッドの上にいるんだ、とわかってほっとした。

 そういえば、あの小屋を自分で出た記憶がない。わたしはすごく疲れていたから、もしかしたらあそこで倒れちゃって、あおいちゃんが救急車を呼んでくれたのかもしれない。だったらここは病院かも。で、この女のひとはお医者さんか看護師さんなのかもしれない。言われたとおりにベッドの上に戻ると、わたしは声がした方に顔を向けた。

「すみません、電気点けてもらえませんか?」

 そうお願いすると、女のひとは「今はまだ午後五時前です。今日は晴れていますから、窓から日光がさし込んでいます」と言った。

「あれ? でも、真っ暗ですけど」

 またカンッ、と音がして、足音が近づいてきた。

「まりあさん、はじめまして。わたしは環芙美子たまき ふみこといいます。環境のカンと書いて、たまきと読みます」

 環さんはそう言いながら、わたしの手をそっと包み込むようにさわった。知らない人なのに、ふしぎと安心した。

「これからまた、お医者さんがちゃんとお話ししてくださると思います。今ナースコールを押したので、すぐにだれかが来るでしょう。それまでここにいます」

「環さんは看護師さんですか?」

 わたしがたずねると、環さんは「いいえ、葵さんの知り合いです」と答えた。

「あおいちゃんはどこですか?」

「もうおうちに帰りましたよ」

 少しして看護師さんが、もう少ししてお医者さんがきた。その間あたりはずっとまっくらなままだった。部屋がまっくらなんじゃなくて、わたしの目が見えなくなったんだってお医者さんが話している間、環さんはわたしの手をずっとにぎっていてくれた。

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