10

「まりちゃん」

 とっさに立ち上がって出口に行こうとして、環さんのことを忘れているのに気づいた。「すみません!」と言いながら、私は急いでコンビニを出た。

 たしかにさっきのはまりちゃんだったと思う。前みたいにきれいな格好をしてなくって、ふわふわ笑ってなくて、でもまりちゃんだ。

 私の方が足が速いから、走ったらすぐに追いつくと思った。でもそうするのはやめて、こっそりと後を追いかけた。

 まりちゃんが何をするのか知りたかった。どうしてうちの方に来たのか、これから何をするつもりなのか確かめたかった。まりちゃんはすたすたと歩いてうちの裏門の方に行く。だれか呼ぶのかなと思ったら、周りをきょろきょろっと見渡して、裏門に貼ってあったお札をはがしてしまった。

 思わず「あっ」と言いそうになって、あわてて声を飲み込んだ。もしかしてと思ってたけど、やっぱりまりちゃんがお札を取っていったんだ。角に隠れて見ていると、まりちゃんはお札を何枚かはがし終わって、またこちらの方に歩いてくる。あわてて元の方に戻って、一番近い角を曲がった。うちの玄関と門柱が見える。門柱の影に隠れていると、まりちゃんが足早に歩いていくのが見えた。

 きっとまりちゃんの家に戻るんだ。

 そう思って、先回りすることにした。中途半端なところで追いついてもゆっくり話ができない。自転車に乗ったら私の方が早いはずだ。

 コンビニに自転車を置いてきたことに気づいて急いで戻ると、駐輪場に環さんが立っていた。私がまだ何も言わないうちに「葵さん」と私を呼んで手をふった。

「さっき通ったのはだれですか?」

「まりちゃ……あの、友達です。私の」

「友だち――もしかして、小早川さんって方ですか?」

 当てられてすごく驚いた。環さんは「お祖母さまから少しだけお話を聞きました」と言った。

「お母さまの方の親戚の子ですよね?」

「そうです」

「憑物筋……」そう呟いて、環さんはうつむいた。はっとして、私は自転車にまたがった。のんびり話している場合じゃない。

「すみません! もう行かなきゃ!」

「やめなさい、葵さん」

 環さんはきっぱりと私にそう言った。心をぐいっと引っ張られるような強い声だった。でも、

「友達とちょっと話すだけなので!」

 私は環さんをふりきって、ペダルを踏み込んだ。

 まりちゃんに会いたかった。

 会えない間に何をしていたのか知りたかった。どうしてうちの裏門からお札をはがしていったのか、何でまりちゃんがそんなどろぼうみたいなことをしなきゃならなかったのか、いろんなことを聞かせてほしかった。

 さっき、まりちゃんは笑っていなかった。

 すごくつらそうな顔をしていた。

 自転車で、裏から回り込むルートをとって団地に向かった。少し遠回りになるから、着いたころには汗だくだった。団地に着くと、すぐにまりちゃんの家をめざした。まりちゃんはもう帰っているだろうか。それとも思ったとおり、先にたどりつけただろうか。

 どうしてかわからないけど、ここでまりちゃんをつかまえられなかったら、もう一生会えないような気がした。

 C棟の三階にたどりついた。私は手すりの影にしゃがんで、頭だけを上に出しながら表の通りを見た。まりちゃん、本当に来るかな。私のカン違いだったらどうしよう。環さんはどうして私に「やめなさい」って言ったんだろう。

 また頭の中がぐるぐるし始めたとき、ようやく道路を歩いてくるまりちゃんの姿を見つけた。

 まりちゃんは団地には入らずに、山の方に向かって歩いていく。

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