09

 環さんにあやまられても、なんて言ったらいいのかわからない。こんなこと知りたくなかったっていう気持ちと、知らなきゃだめだったんだっていう気持ちがぐるぐるになって、なんだかお腹に冷たいものを落とされたような気分になった。

 おばあちゃんの妹も、お父さんのお姉さんも死んじゃったなら、私だって死んでしまうかもしれない。

 今ここにはいないのに、茜のことを考えていた。昨日のお客さんとコンビニのイートインでお茶したって言ったら、「お姉ちゃんだけいいなー」って文句言うかもしれない。そんなことを考えた。

 おねえさんを強引に私から離そうとしたら、今度は茜に移ってしまうかもしれない。

「ひとまず落ち着いてください。こんな話を聞いたあとで、すごく難しいことだと思うけど」

 手をぎゅっと握られた。環さんだ。環さんに触られると、なんだか落ち着く気がして不思議だった。

「葵さん。すでに言ったとおり、わたしにできることはほとんどありません。たとえばお祖母さまが使っておられるお札はわたしも作れますが、妹尾のものほどは効果がありません。大体妹尾のものだって、呪いの動きを少し抑えるくらいの効果しかないんです」

 環さんの手にほんの少し力がこもる。でも、環さんの声は静かなままだった。

「お祈りだってそうです。あれは魔法の呪文なんかじゃなくて、ごく一般的な、普通の神社でも使う祝詞とほぼ同じですから。お祓いの効果はあるかもしれませんが、お祖母さまはプロではありません。ただ」

 と言って一度息を吸い込む。私はつばを飲み込んだ。

「……あれはだんだん弱くなっています」環さんは言った。「望みがあるならそこです。そして、もしこの呪いに歯止めをかけることができるとしたら、それはわたしではなくて、葵さんです」

「私?」おどろいて変な声が出た。「私にできることがあるんですか?」

「あります」

 環さんはうなずいた。

「とにかく無視するんです。きっと話しかけてきたりするだろうけど、極力無視してください。あなたの恐怖や憎しみがそれの力になってしまうんです」

「……そんなことでいいんですか?」

 もっと特別なことをしなければならないと思っていたから、お祈りもお札も出てこなかったことにおどろいてしまった。環さんは「いいんです」と言った。

「わたしがお札を書いたりするより、ずっと効きます。もちろん簡単なことではありませんが」

「あおいちゃん」

 すぐ後ろからおねえさんの声がした。無視しなきゃ、と思うとよけいに気になる。絶対にふり向かないと決めて、かわりに環さんの顔をじっと見つめた。環さんはおねえさんがしゃべったことも、私が環さんの顔を見ていることも、全部わかってるみたいな口ぶりで「それでいいんです」と言った。

「葵さんは強い人だとわたしは思います。だから……あっ」

 環さんが突然声をあげて、窓の外を、と思った。顔がそちらに急に向いたから、何かを見つけたんだろうと思ったのだ。本当なら環さんは目が見えないはずなのに。でも、おかしいとか言ってる場合じゃなかった。

 コンビニの外の通りを、まりちゃんが歩いていくのが見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る