07

 環さんをつれて家に戻ると、おばあちゃんがうるさそうだ。かと言ってその辺で立ち話するには暑すぎる。近くのコンビニにイートインスペースがあるのを思い出して、そこに行くことにした。

 環さんは目が見えないのに、白杖をカンカン鳴らしながら、自転車をひく私の後ろを危なげなくついてくる。「音の反響でわかるんです」と教えてくれたけど、それがどんな感じなのか、私には全然イメージがわかなかった。

 コンビニにつくと、環さんは私に「メニューを声に出して読んでもらえますか?」と頼んだ。私が言われた通りにすると、環さんは自分のアイスコーヒーと、「お礼に好きなものをおごらせてください」と言って、私にアイスカフェオレを買ってくれた。両手にカップを持ってストローでコーヒーを飲む環さんは、ちょっとかわいく見えた。

 でもまた困ってしまった。環さんに色々聞いてみたいけど、何から聞いていいのかわからない。

「えーと、なんていうか、その」

 まごまごしていると、環さんは私の方に顔をむけ、ほっそりした首をちょっとかたむけた。

「お祖母さまのご様子はいかがですか?」

 向こうから聞いてくれるとすごく助かる。きっと気をつかってくれたんだろうなと思いながら、私はおばあちゃんのことを考えた。

「ええと、なんか様子が変で。ぼんやりしてるっていうか、いつもだったら私の洗濯ものなんかたたまないのに、まちがえてたたんじゃって」

 私変な話してない? と心配になったけど、環さんはうんうんとうなずきながら聞いてくれる。ほっとしたついでに、夜中におばあちゃんとお母さんが話していたことまでしゃべってしまった。

憑物筋つきものすじですか……」

「あのぅ、それってなんなんでしょうか?」

「わたしも詳しくはありませんが」と言いながら、環さんは説明してくれた。

「憑物――特に動物の霊が多いみたいですが、そういうものにとりつかれている家系のことを『憑物筋』と呼ぶんです。憑物はその家に富をもたらしますが、反面危険なものでもあります。お祖母さまは、お母さまがそういう特殊な力のある人だと期待しておられたんですね。実際には違ったみたいですが」

「力を借りたらみんながめちゃくちゃになっちゃうみたいなこと、おか……母が言ってました」

 私がそう言うと、環さんは「きっと力の強い憑物を持っている家系なんでしょう」と言ってまたうなずいた。

「その、祖母は――私のところにもういるって言ってました。何がいるのかは言わなかったんですけど、それも憑物みたいなものなんでしょうか」

 夜に聞いた話をがんばって思い出しながら、何とかそこまで話せた。環さんは私に顔を向けて、

「なにがいるのか、知りたいですか?」

 と聞いた。「葵さんにも、少しおわかりになるようですが」

 環さんの顔はもう私の方をまっすぐに向いていない。私の後ろを向いている。いやな匂いがただよってきた。

 おねえさんだ。おねえさんが私の後ろにいる。

 このひとは、一体なにものなんだろう?

「し――知りたいです」

 私はそう答えた。環さんは少しうつむいて「そうですよね」と言った。

「わたし、葵さんは賢くて真面目な方だと思います。正体不明のものを、そのままにしておくことはできないでしょう。お聞きになりますね?」

 私はうなずき、それからそれが環さんには見えないことを思い出して、「はい」と声に出して答えた。

「とは言っても、わたしもくわしいことは知らないんです」環さんは言った。「つまりそれがいつから発生したのか、誰がやったのか――そういうことはわかりません。妹尾から話は聞きましたが、それも本当におおまかなことだけです」

 なんだかどきどきしてきて、私はつばを飲んだ。その音が妙に大きく聞こえた。

「あなたの後ろにいるのは、呪いそのものです」環さんはそう言った。「それもかなり強いものです。そうですね?」

 最後の言葉は、きっと私ではなくおねえさんに向けたものだ、と思った。おねえさんは肩に手をおいたまま、「ふふ」と笑い声をもらした。

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