06

 眠っていると、また夢におねえさんが出てきた。

 最近、夢におねえさんが出てくることが増えた気がする。夢の中では、おねえさんはおしゃべりだ。

「大丈夫よ、あおいちゃん。よみごが一人二人きたって、何にもできはしないんだから」

 おねえさんの顔は相変わらず大きな穴にしか見えないけれど、なんだか楽しそうだということが私にはわかる。声を聞かなくてもわかるようになった。

「じゃあ、おばあちゃんは何でよみごさんをこう……アテにしてるっぽかったのかな?」

 私が聞くと、おねえさんはくすくす笑った。

「それは、あてにできるって思い込んでいるからよ」

「できないの?」

「何にもあてがないよりは、何かを無理にでも信じていた方がいいんでしょう」

 おねえさんの顔がどんどん近づいてくる。

 目が覚めた。まだ外は暗い。エアコンを使っているのに、いやな汗をかいていた。

 環さんのことを思い出しながら寝返りを打った。しっかりした人に見えたけど、あてにならない人なのかな。もしかして環さんも、そのことがわかっているんだろうか。

 夏休みだから、明日は休みだ。眠くなったってかまわないやと思って、私は考え事を始めた。さっきおばあちゃんは「もう葵のところにいる」と言っていたはずだ。「いる」というのはきっとおねえさんのことなんだろうな、と考えた。

 おばあちゃんにとっては、おねえさんは悪いもの――というか、追い出した方がいいものなんだろうな、という気がする。どうしてかはわからないけど。

(せっかくつきものすじの家から嫁をもらったのに)

 おばあちゃんがそう言ったのが気になる。まず、つきものすじっていうのが何なのかよくわからないけど、それってお母さんの実家のことを言っているんだろうか? お母さんは「何もわからない」と言っていたけど、それってお母さんは「つきものすじ」のことを知らない、ということなんだろうか。じゃあ何で「せっかく嫁にもらった」なんて言ったんだろう? 

 わからない。そもそも「おねえさん」って何なんだろう? わからないことばっかりだ。


 思ったとおり、次の日は朝から眠くて困った。夜中に考え事とかしていたからだ。それでも、今日はまりちゃんに会いにいこうと思った。会えるかどうかはわからないけど、とにかく団地に行ってみよう。

 おばあちゃんは今日はなんだか私によそよそしい。あまり私の顔を見ないようにしている気がする。お母さんは普段どおりに見えるけど、よくわからない。

 宿題ならもう大体終わっている。早めにまりちゃんの家に行くことにして、自転車にまたがった。家から出て少し進んだところで、ふとカンカンという音を聞いた。

(これ、もしかして環さんかも)

 音を追いかけていくと、角を曲がったところで黒ずくめのすらっとした人影が目に入った。やっぱり環さんだ。

「あの」

 ちょっと声をかけただけだけど、環さんはさっとこっちを見た――いや、顔を向けてくれた、と言うべきかもしれない。環さんは両目が見えないのだから。

「もしかして、町田葵さん?」

 環さんは首をちょっとかしげてそう言った。「そうか、おうちの近くですもんね。こんにちは」

「こ、こんにちは……」

「では」と言って私の横を通り過ぎようとする環さんを、私は思い切ってもう一度呼び止めた。

「あの、ちょっと――お話をしたいんですけど。い、いいですか?」

 まりちゃんの家に行くのは遅くなってしまうけど、こんなチャンスまたあるかわからない。それにしても、なんだか妙に緊張してしまう。環さんはちょっと首を傾げ、それから私にむかって小さく笑いかけた。

「いいですよ。役に立つお話ができるかはわかりませんが」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る