05

 困った。

 おばあちゃんはあの後、私が声をかけるのも聞こえないみたいに、ふらふらと自分の部屋に入っていってしまった。いつもより大きなお祈りの声が部屋の中から聞こえ始めた。

「なんかやばくない?」

 茜が言った。私もうなずいた。

 困ってはいたけれど、いつまでもおばあちゃんの部屋の前にいてもしかたない。「お姉ちゃん宿題みて」と茜が腕をひっぱるのをきっかけに、私たちはリビングに戻った。茜の宿題をみてあげて、いっしょにゲームを始めたときも、まだおばあちゃんの声は小さく聞こえていた。

「おばあちゃん、どうしたんだろうね」

「お姉ちゃんにわかんないんだったら、私もわかんないよ」

「そりゃそうだけど」

 何度かまりちゃんのところに行ってみようかな、と思った。頭の片すみで、ずっとまりちゃんのことを考えていた。でも私が出かけようとすると、決まって茜が心配そうな顔でこちらを見ている。それでつい行きそこねているうちにお祈りの声がやんで、ばたばたと廊下を歩く音がした。見ると、洗濯物を持ったおばあちゃんが自分の部屋の方に消えていく。

「そうだ、服とりにいかなきゃ」

 洗濯物が取り込まれたら、自分の服は自分でたたんでクローゼットに戻すというのがうちのルールで、私たちの習慣になっている。ゲームを中断しておばあちゃんの部屋に行くと、おばあちゃんはなぜか私の服をたたみながら鼻をすすっていた。

「おばあちゃん、それ持ってくけど?」

 私が声をかけると、おばあちゃんはびくっとしてこちらを見た。

「ああ、あらやだ。間違ってたたんじゃった。これ葵ちゃんのよねぇ」

 おばあちゃんはすぐにわたしから目をそらし、とりつくろうみたいにそう言った。

「おばあちゃん、何かあった?」

「なんでもないわよ。ほら、部屋に自分のお洋服持ってって」

 とかなんとか言いながら、私たちを部屋から追い出してしまった。茜がつぶやいた。

「おばあちゃん、どうしたんだろうね」

「どうしたんだろうね……」

 首をかしげる私たちを、おねえさんが廊下の向こうから見ている。あいかわらず穴しかない顔だけど、こっちを見ていることはちゃんとわかる。

 そのうち門限を過ぎてしまい、お母さんとお父さんが帰ってきて、この日、私はまりちゃんの家に行きそこねてしまった。


 昼間のことが気になったせいか、この日はなかなか眠れなかった。目を閉じていると、不思議と環さんのことを思い出した。

(環さんも、おばあちゃんみたいにお祈りするのかな。また家に来たりするかなぁ)

 そんなことを考えていると、だんだんのどが渇いてきた。今度はこっちの方が気になって寝つけない。しかたがないのでキッチンで水を飲もうと起き上がった。

 もう夜の十二時近い。みんな寝ているだろうな、と思ってそっと階段を下りた。でもキッチンのドアの向こうからは明かりがもれていて、中からおばあちゃんとお母さんの話し声が聞こえた。

「もういるんですって、葵のとこに。なんとかならないの」

 おばあちゃんがそう言うのが聞こえて、ぎょっとした。思わず足を止めた私の耳に、今度はお母さんの声が飛び込んできた。

「そう言われたって、わたしじゃ何もわからないのよ」

「せっかくの家から嫁をもらったのに」

 と、責めるような感じでおばあちゃんが言うのが聞こえた。それって何のことだろう。私の足はもう完全に止まってしまった。お母さんが「分家だもの。もう何代もやってないって言ったでしょう」と吐き捨てるように言った。

 廊下に立ち尽くしていると、いやな匂いが鼻をついた。おねえさんがすぐ後ろに立っている。私の肩に真っ白い手が置かれた。おねえさんの手だ。夢の中以外でこんなに近くに来るのは初めてかもしれない。

「聖子さんに聞いてみてよ」とおばあちゃんが言った。お母さんが「はぁ」とため息をついた。

「やめてちょうだい。そんなことしたら葵だけじゃない、みんながめちゃくちゃになっちゃうんだよ」

 キッチンの中で、ガタガタと椅子を引く音がした。お母さんかおばあちゃんが立ち上がったのかもしれない。中から出てきて、私と出くわすかもしれない。

 のどがかわいていたのも忘れて、私はあわてて部屋にもどった。

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