23

 つかれていたみたいで、気がついたら寝ころがったまま眠ってしまっていた。時計を見るともう十時を過ぎている。わたしは水筒とタオルと残りのお札と糊を持って、もう一度あいちゃんがいるところに向かった。まだ「ママが死んじゃって悲しい」という気持ちになっていないのが、自分のことだけど不思議だなと思った。

 小屋はやっぱり人の来ないところみたいで、わたしが置いたトタン板もそのままだし、あいちゃんの箱も同じ場所にあった。だれかが持っていったら困るな、と心配していたのでほっとした。

 あいちゃんの箱のとなりに座ってみた。あいちゃんは何も言わない。ただ座っているだけだと、時間が経つのがすごくゆっくりだった。家から本か何か持ってくればよかった、と思った。しばらく学校を休んでいるから、自分で教科書とか読んでいた方がいいのかもしれない。あいちゃんが強い■■■になったら、いきなり勉強ができるようになったりするのかもしれないけど、今は全然そんな気がしない。

 座っているだけでも汗が出てくる。屋根があるから日はさえぎられているけど、風が通らないから暑い。水筒の水を飲んで汗をふいた。ここはトイレがないから、やっぱり時々家に戻らないとだめだ。

 急にカタカタっと音がした。あいちゃんの箱のふたが動いていた。中から「むううん」みたいな声がする。あいちゃんが出て来たがっているんだ。お札もずっとは効かないらしい。新しいお札を一枚貼ると、あいちゃんはまた静かになった。

 お札の残りを数えてみた。まだあるけど、たぶん何日ももたずになくなってしまう。新しくお札を持ってこなきゃならない。あおいちゃんの家にあったものとすごく似てるとは思うけど、本当に同じものだろうか? そもそも、誰が持ってきてくれたんだろう。

(お札が効いてるうちに、あおいちゃんの家に行ってみなきゃ)

 ママはああ言っていたけど、やっぱり行かなきゃいけない気がする。あいちゃんが静かなのを確認して、わたしは立ち上がった。


 あおいちゃんの家までは、ずっと坂を下っていかないとならない。自転車があったら速いのに、と思いながら、なるべく早足で歩いた。確か、自転車も引っ越しのときに売ったんだと思う。転ぶのがこわくて元々そんなに乗らなかったけど、今はあったらいいなと思った。

(あおいちゃんがいたらどうしよう)

 そんなことを考えた。あおいちゃんの家に行くんだから、あおいちゃんがいたって全然おかしくない。でも、どういう顔をして会ったらいいのかわからない。あおいちゃんの顔を見たら、急にさびしくなって涙が出たりするかもしれない。そんなことを考えながら、わたしはだんだんあおいちゃんの家に近づいて行った。

 道をまっすぐ行くと、あおいちゃんの家の裏口が見えた。何度も来たことがあるけど、和風で二階建てのおうちだ。全然変わらないなと思って、すごくなつかしくなった。

 あおいちゃんの部屋が近いから裏から入れてもらったことも多いけど、玄関の方に回った方がいいかな。そう思いながら裏口の近くに来た。裏口の門柱に、あのお札が何枚か貼ってある。上と下だけ糊がついていて、真ん中は柱にくっついていない。

 それを見て(やっぱり同じお札だよね)と思ったとき、急にすごくいやな感じがした。

 足が止まってしまった。なにかこわいものがくる、と思った。前にあおいちゃんといっしょにいた時に感じた、いやなにおいがする気がする。心臓がどきどき言い始めた。ここにいたくない――

 とっさに目の前にあったお札を、勝手にはがしてしまった。とにかくお札を手に入れなきゃ、という気持ちと、早くここから逃げなくちゃ、という気持ちが一緒になって、悪いことだとは思ったけどそうしてしまった。目につくところにあったのを何枚かはがして持つと、走り出したくなるのをがまんして、早足で歩き出した。走ったらすぐにおなかが痛くなって止まってしまうし、それになにかに見つかって、追いかけられてしまうような気がした。

 どうしてこんなに怖い気持ちになったんだろう。

 わたしはあおいちゃんのことが急に心配になってきた。あおいちゃん、今どうしているんだろう。あいちゃんが言ってた、あおいちゃんの後ろの「こわいの」って、今どうなっているんだろう。

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