22
ママの死体はかさかさになっていて、さわるとすぐに砂みたいにぼろぼろ崩れてしまう。服と持ち物だけ脇に片付けると、壁にたてかけてあったトタン板の下にママをかくした。でも、誰かに見られてもきっと人間の死体だとは思われないだろうな、と思うとさびしい気がした。たくさん汗をかいたから、体がからからになってしまいそうだった。
おかしな気分だった。ママが死んだらもっと悲しいと思っていた。わたしも死にたくなるくらい悲しくなって、涙もいっぱい出ると思っていた。でも今はそんな気分じゃなかった。涙も全然出てこない。自分の心が自分のものじゃないみたいな、不思議な感じがした。
あいちゃんは箱の中でまだくしゅくしゅと笑っている。わたしがそっとのぞき込むと、笑い声が大きくなった。ふーっと息を吹きかけると、あいちゃんはいつもみたいにふるふると震えた。
この子がママを食べちゃったんだ。でも、なんだかあいちゃんを憎む気にはなれなかった。ママがすごく嬉しそうだったからかもしれない。それにあいちゃんは、自分がやったことをちっとも悪いことだと思っていないみたいだった。
わたしはあいちゃんの箱にふたをかぶせて、新しいお札を何枚か貼った。箱はかたかた動いていたけど、すぐに静かになった。やっぱりこのお札はあいちゃんに効くらしい。
のどがカラカラだった。おなかも空いているし、一度家に帰らないと倒れてしまうかもしれない。わたしが死んじゃったりしたら、今度こそあいちゃんを止める人がいなくなってしまう。あいちゃんが好き勝手に人間を食べ始めたら大変だ。
(こんなに大きくなって人も食べたじゃない)
ママが言っていたことを思い出した。あれはママのことだと思うけど、もしかしてあいちゃん、わたしの知らないところで、ママ以外の誰かを食べちゃったりしていないかな。
急に心配になった。
団地の部屋に戻って、水道から水を出してゴクゴク飲んだ。熱くなっていた体がシューッと音をたてて冷めていくような気がする。エアコンがないので、扇風機のスイッチを入れた。キッチンの物入に会った食パンを食べながら、一生懸命考え事をしようとした。
これからどうしよう。
とりあえず、ママがいなくなったことを隠さなきゃならない。もしも子供だけだってことがばれて、警察やパパのところに連れていかれたら、あいちゃんの面倒をみる人がいなくなってしまう。
うちを訪ねてきそうな人は、今のところ多岐川先生くらいだ。友だちも近所の人もここには来ない、と思う。多岐川先生は優しいけど、ママが死んじゃってわたし一人になっちゃったって知ったら、やっぱり児童相談所とか、そういうところに通報すると思う。先生がまた来たら返事はせずに知らんぷりするしかない。
ママのかばんや大事なものをまとめているケースの中に、お金や銀行通帳があるはずだ。どれくらいお金があるのか、それで何日生活できるのかわからないけど、すぐに食べ物がなくなったりはしないと思う。その間にあいちゃんをどうするか考えなきゃならない。やることがいっぱいだ。
頭の中にぎっしりものが詰まったみたいな気分になった。食パンを食べてしまうと、畳の上にごろんと寝ころがった。すごく「ひとりぼっちだな」っていう感じがした。ママが死んじゃって、パパもどこにいるかわからなくて、だれにも頼れない。
ふと、あおいちゃんのことを思い出した。あおいちゃんと最後に会って話したのが、すごく昔のことみたいな気がした。
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