21
ママを追いかけなきゃ。そう思ったときにはもう体が動いて、玄関で靴をはいていた。
絶対あいちゃんのところだ、と思った。ママはきっと、わたしが寝てる間にあいちゃんがいないことに気づいて、あいちゃんを探しにいったんだろう。
わたしが勝手に隠したんだから、ふつうだったら、ママはあいちゃんがいる場所を知らないはずだ。それでもわたしには「ママは絶対あいちゃんのところにいるんだ」っていう不思議な自信があった。
そもそもああいう場所があるってことを、わたしに教えてくれたのはママだ。それにママ、携帯にあいちゃんから電話がかかってきたって言っていた。そういうことができるんだったら、あいちゃんにまた電話で呼ばれたのかもしれない。
早朝はまだ空気が少し涼しくて、外にいるのが気持ちよかった。でもそれどころじゃない。わたしは団地の外に走り出した。運動はあまり得意じゃないから、すぐに息があがって苦しくなってしまう。いったん足を止めて深呼吸をして、早足でもう一度進み始めた。山道に入ると、またちょっと涼しくなる。もうセミが鳴いている。今日もきっと暑くなるんだろう。
そのうち道の先に、昨日あいちゃんを置いてきた小屋が見えてきた。
全身がぞわっとした。トタン板のドアが半開きになっている。昨日わたしがちゃんと閉めてきたはずなのに。
がまんできなくて走り出した。こっそり様子をうかがってから入ろうと思っていたはずなのに、あせって全然思っていたとおりにいかなかった。わたしはドアにすぐ手をかけて、「ママ!」って言いながら中に入ってしまった。
だれかが小屋の奥にひざをついて座っていた。わたしに気づいてこっちを向く。やっぱりママだった。ママはわたしを見つけると、何にもなかったみたいにふわふわ笑った。
「まりちゃん、えらいねぇ」
ママはほほえみながら私をほめた。
わたしは、ママのとなりに置かれたあいちゃんの箱のふたがとれているのに気づいた。お札がはがされている。きっとママがやったんだ、と思った。
でもママはちっとも怒ったりしていなかった。あいちゃんを箱に閉じ込めてここに持ってきたのはわたしだって、ママにはすぐにわかるはずなのに、ママはすごくうれしそうに笑っていた。
「こんなに大きくなって人も食べたじゃない。えらいねぇ」
そう言ったママの顔が、突然紙風船を叩いたみたいにくしゃっとつぶれた。
わたしののどの奥で、ヒッていう悲鳴みたいな音がした。ママの顔から下あごがとれて、地面の上にぽそっと落ちた。それが合図だったみたいに、ママの体全体がぐしゃぐしゃに潰れて、土の上にちらばった。
わたしは地面の上に座り込んだ。ひざが震えて立っていられなかった。怖くて目からぼろぼろ涙がこぼれた。
あいちゃんがママを食べちゃった。
命も体も全部食べちゃったんだ。
しばらくその場にぺたっと座り込んでいた。どれくらい時間がたったかわからない。セミの声が聞こえるのに気づいて、ようやく体が動いた。
わたしはそっとママの体に近づいてみた。落ちていた手首をそっと拾うと、端っこから砂みたいになってぽろぽろと落ちた。ママは体の中身が全部なくなって、本当につぶれた紙風船みたいな、何もない空っぽのものになってしまった。もうミイラのかけらみたいなものが残っているだけだった。
くしゅくしゅ、みたいな音がした。箱の中であいちゃんが鳴いている。わたしにはそれが笑い声だってすぐにわかった。
聞いていると頭がくらくらして、今あったことが全部夢なんじゃないかって思えてきた。
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