20

 ママは夜になってようやく目を開けた。

 わたしが話しかけてもぼーっと天井を見ているだけで、まだちゃんと目が覚めていないみたいに見えた。思い切って「あいちゃんを別のところに置いてきたよ」って言ってみたけど、まだぼんやりしてるみたいで何も言わなかった。これだったら怒ってくれた方がまだよかったかもしれない。

 わたしは途方にくれてしまった。ママが寝てる間にママの携帯を見てみたけど、パパの連絡先が消されてしまっていたのだ。

 どうしよう。多岐川先生とかに相談した方がいいかな。それとも救急車を呼んで病院とか言ったほうがいいのかな。でも、家族以外の大人に話すことを考えると手が止まってしまう。とにかくあいちゃんのことがばれたら困る。もしかしたらよその人の中にも、あいちゃんが見える人はいるかもしれない。■■■を育ててることはないしょにしなきゃいけないのに。こんなこと言ってる場合じゃないかもしれないけど、だれかに相談するのはやっぱり怖い。

 困っていたら、急にあおいちゃんに会いたくなった。別になにか相談したいとか助けてほしいとかじゃなくて、普通に会いたいなって思った。

 あいちゃんをこのまま育てたら、本当に前みたいになるのかな。そうなるはずって思ってがんばっていたのに、だんだんわからなくなってきてしまった。

 本当に全部戻るのかな。パパとママがいっしょで、家の中にピアノがあって、あおいちゃんとふつうに会ったり話したりできるようになるのかな。

 でも、あいちゃんを育てても本当に大丈夫なのかな。

 色々考えていると頭がぐるぐるした。急にお腹が鳴って、朝から何も食べていないのを思い出した。このままわたしも倒れたりすると、あいちゃんに血をあげられなくなってしまう。食べたくなくても何か食べなきゃと思って立ち上がったら、ママが急に「あいちゃん、どうなった?」って言った。声がかすれてて、別のひとの声みたいに聞こえた。

「だ、いじょうぶだよ。いつもと同じ」

 気がついたらうそをついていた。ママは「そう」と言ってふわふわ笑った。

「ごめん、ママ寝てたね」

「いいよ寝てて。何か食べる?」

「お水持ってきて。まだ眠いから」

「わかった」

 コップに水を汲みながら、また泣きそうになっていた。まだ困っている。でもこんなことじゃだめだ。あいちゃんより、わたしがもっと強くならなきゃだめだ。

「まりちゃん」

 ママがわたしの名前を呼んだ。

「なに?」

「まりちゃんが大人になってね、結婚して女の子が生まれたら、その子にも■■■を持たせてあげるんだよ。どうすればいいか、あいちゃんが教えてくれるからね」

 わたしはどうしても、ママに「うん、わかった」と言えなかった。


 ママは水を飲むと、また目を閉じてしまった。わたしは家にあったカップ麺を食べて、そしたらお腹があたたかくなって急に眠くなってきた。お風呂に入るのも忘れて、ママの隣で横になって眠ってしまった。

 次に起きたときには、窓の外が明るくなっていた。時計を見るとまだ朝の五時で、となりの布団はいつのまにか空になっていて、ママがどこにもいなかった。

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