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 とにかく人のいないところに行かなきゃだめだと思った。あいちゃんはまた静かになっていたけど、念のためお札をもう一枚貼った。それから残ったお札をポケットに入れて、あいちゃんの入った箱を持って家を出た。

 ママは怒るかな、とちょっと心配になった。たぶんわたしのことを叱ると思う。なんでママをあいちゃんに食べさせなかったのかって言うと思う。でも、あいちゃんのせいでだれかが死んじゃうと思ったら急に怖くなったのだ。これまでわたしやママの血を吸ってたときとは全然ちがう。血を吸われても体はそのうち元に戻るけど、死んじゃったら元には戻らない。戻らない、と思う。大きくなって強くなったあいちゃんにお願いしたら戻ったりするんだろうか? 全然そういうイメージがわかない。ママもそういうことができるとは言ってなかった。まさかママで試すなんてことできないし、やっぱりあいちゃんに好き勝手させたらだめだ。どんなにママに叱られてもいい。

 団地を出て、裏の山の上に続く道をどんどん登って行った。長袖だから暑い。脱いだ方がいいかなと思うけど、誰かに見つかって腕の傷を見られたらと思うとなかなか脱げない。カッターで切った傷はなかなかきれいに消えなくて、古い傷が痕になって残っている。

 周りが葉っぱの緑色になると、セミの声がわっと大きくなった。頭から汗が顔の方にどんどん流れてくる。家を出てくるときにあわてていて気付かなかったけど、帽子とか水筒とか持ってくればよかったと思った。気をつけないと熱中症になってしまう。つかれてふーっと長めに吐き出した息も、火みたいに熱くなっている気がした。

 ここに引っ越してきた頃、ママが言っていたことを思い出していた。

(ここの裏に山があるでしょ? ちょっと登ったところに古い小屋みたいなところがあるの。パート先の人に聞いたんだけど、むかしあの辺にブドウかなにか作ってる人がいたんですって。もう畑も棚もないんだけど物置だけ残ってて、悪い人が勝手に住んでたこともあるんだって)

 だから気をつけてね、近寄っちゃだめだからね、っていう話だったけれど、今わたしが目指しているのはその小屋だった。

 思っていたとおり、少し山に入ったところにその小屋はあった。思っていたよりも大きい。今住んでいる団地の寝室くらいの広さはありそうだ。トタンでできていて、もう色ははげているし、すき間もできてボロボロになっている。そのすき間からおそるおそる中をのぞいてみた。誰かがいそうな気配はなかった。

 ドアもトタン板で、さわると熱い。何回かに分けながらそーっと開けて、小屋の中に入った。雨がもらなさそうなところを探して、あいちゃんの箱を置いた。

「あいちゃん、ごめんね。毎日来るから」

 箱のふたをなでながら話しかけた。

「ママが元気になったら、むかえにくるからね」

 あいちゃんは何も言わなかった。お札の効き目のせいか、わたしのことがきらいになったからなのかわからなかった。

 あいちゃんを置きっぱなしにして、わたしは逃げるように団地に戻った。

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