おねえさんのこと

01

「まりちゃんの飼ってる子、大きくなったねぇ」

 おねえさんが私に言う。

 例によって夢の中だ。私は自分の部屋にいて、おねえさんと話をしている。

「そうなの?」

 私が尋ねると、おねえさんは「そうだよ」と答えた。

 そこで目が覚めた。

 目覚まし時計が鳴っている。お母さんが部屋のドアをノックしている。寝起きでぼんやりしている耳に、お母さんの「葵! 今日登校日でしょ」という声がひびいた。

「わかってる! 今起きるから」

 私はベッドの上に体を起こして伸びをした。

 夏休みだけど、今日は登校日だ。目をこすりながら、今日こそまりちゃんに会えるかな、と考えた。結局夏休みの間、私は一回もまりちゃんにちゃんと会えていない。

 おねえさんは部屋のすみに立っている。相変わらず顔の真ん中に真っ暗な穴が空いていて、何を考えているのかわからないけれど、私の方に顔を向けている。もうなれてしまってあんまり怖くはないけれど、あの穴を見ていると吸い込まれそうな気がして不安になる。私はおねえさんがいる場所から目をそらした。


 山の中にあった小屋みたいなものが何かは、お父さんが知っていた。昔あの辺りでブドウを作っていた人がいて、その人が建てた倉庫らしい。もうその人は亡くなっていて、それから後はあの土地を使う人もおらず、小屋だけが残っているのだそうだ。別にいわく付きの建物とかではないらしい。

 それを聞いてほっとしたような、残念なような、複雑な気持ちになった。あれが普通の小屋なら、どうしておねえさんは近づいたとき「だめ」と言ったんだろう。それにまりちゃんからただよってきていた匂いが、あの小屋からしていたのも気になる。

 まりちゃんは、あの小屋となにか関係があるんだろうか? もしかすると、まりちゃんはあのときあの小屋にいたのかもしれない。

 でも確かめるのが怖くて、私はあれからまだ一度も山の方に行っていない。団地には行ってみたけど、やっぱりまりちゃんには会えなかった。

(まりちゃん、学校で会えるといいな)

 ひさしぶりにランドセルを背負って家を出た。今日もいい天気だ。大きく息を吸い込んだとき、またいやな匂いがした。まりちゃんからただよってきた匂いのはずなのに、まりちゃんに会えなくなった今でも時々匂ってくるのはなぜだろう。

「お姉ちゃん、どうかした?」

 一緒に家を出てきた茜が、不思議そうに私の手を引っ張った。

「ううん、何でもないけど」

「なんか、こわい顔してたよ」

 そう言って茜は眉をひそめた。

 茜といっしょに集団登校の待ち合わせ場所に行くとき、うちの裏口を通る。裏口の近くにあのお札が貼られているのを見つけて、私はちょっといやな気分になった。おばあちゃん、ここに貼り直したんだ。変な宗教やってるみたいに見えるから、正直やめてほしいなと思う。

 そういえばお父さんが(おばあちゃんも昔は、こんなに一所懸命拝んだりしてなかったらしいよ)と言っていた。おばあちゃんの妹が亡くなってから、お札をもらったり拝んだり、色々するようになったらしい。

 妹かぁ、と思ってちらっと横を見た。茜はランドセルをがちゃがちゃ言わせながら上機嫌で歩いている。妹がいなくなったらきっとすごくショックだろうな、と思った。小さい頃からずっといっしょで、自分のことを「お姉ちゃん」って呼んでくっついてくる子がいなくなったら、すごくさびしくて、悲しいはずだ。

 おばあちゃんが何か話してくれたわけじゃないけど、でもきっとさびしくて悲しいことがあったんだと思う。だから「お札をあちこちに貼らないで」って、私からははっきり言いにくいのだ。

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