17
あいちゃんを箱に入れて、しっかりふたを閉めて、その日はママといっしょの布団で寝た。ママみたいにふわふわ笑っていられなかった。うまく眠れなくて、何度も怖い夢を見て目が覚めた。そのたびにママがちゃんと生きているかどうか確認した。ママはちゃんと寝息をたてていたし、あいちゃんは箱の中にいた。はずだった。
でも、朝になってみるとママの顔は真っ白で、「ママ」って呼びながらゆさぶっても起きなかった。どきどきしながら呼吸を確かめてみた。まだ生きてはいるみたい、でもこのままどんどん死んでいくんだろうなって思った。
あいちゃんは箱の中にいなかった。わたしの枕元でぽんぽんと跳ねていた。また大きくなっていた。自分で箱から出てきてしまったらしい。
わたしが何も言えずにいると、あいちゃんはわたしの方にふわふわと転がってきて、子ネコみたいに体をすりつけて甘えてきた。
「ちょうだい」
全身がざわざわっとした。はじめてあいちゃんの「ちょうだい」をいやだと思った。この子になにもあげたくないと思った。
わたしはあいちゃんを箱の中に入れて、ふたを閉じた。ふたががたがたと動いてなかなか閉じられない。あいちゃんが大きくなったからだ。でもここから出しておいたら、あいちゃんはきっとママの精気を吸ってしまう。ママの命を食べてしまう。わたしのおばあちゃんがそうやって死んじゃったみたいに、ママも死んじゃうんだ。あいちゃんも大事だけどママも大事だ。死んじゃったら困る。
「ちょうだい。ちょうだい。ちょうだい。ちょうだい。ちょうだい」
あいちゃんは箱の中でばたばた跳ねた。
両手で一生懸命押さえたけれど、すごい力で押し返されそうになる。すぐにふたを押さえていられなくなりそうだ。なにか上に載せるものがないかな――と思って見渡した場所に、ランドセルがあった。とっさに引っ張って、箱の上にのせた。あいちゃんの力は強くなったから、こんなものすぐに振り落とされてしまうかもしれない――でも、ランドセルをのせるとふたは動かなくなった。わたしが手を放しても大丈夫みたいだ。そっとあとずさって、もう一度ママのところに行った。ママはやっぱり眠っていた。全然起きない。でも、生きている。
あいちゃんはさっきまでの大さわぎがうそだったみたいに、静かになっている。いくら中身が入っているからって、ランドセルなんかはねのけてしまうと思ったのに。
中身――そう考えて、ふと気づいた。
わたしはランドセルの蓋を開けて、中からお札の束を取り出した。その途端、また箱ががたがたと鳴った。お札を戻すと、あいちゃんはまた静かになった。
あいちゃんはこのお札がきらいみたいだった。それはわかっていたけど、どうやらちゃんと嫌いなりの理由がありそうだ。どきどきした。
お札を一枚だけとって、糊でそっと箱の横に貼ってみた。ランドセルで押さえながら、もう一枚、もう一枚――全部で四枚貼って、そっとランドセルを持ち上げてみた。
あいちゃんは動かなかった。
わたしは箱の横にぺったり座り込んで、体中の空気が出ていってしまいそうな深いため息をついた。お札、効くんだ。なんのお札か全然わからないけど、あいちゃんには効くんだ。
まだ心臓がどきどき鳴っていた。あいちゃんがかわいそうで、でも安心もしていて、どうしたらいいのかわからない。急に涙が出てきて、わたしは畳の上に座ったまま、しばらくひとりで泣いた。
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