14
何日かして、ママはまた仕事に行き始めた。
あんまり具合がよさそうじゃないけど、ママは「大丈夫、大丈夫。パパにばっかり頼ってられないから」って、ふわふわ笑いながら出かけていってしまう。わたしも学校に行った方がいいのかな、と思うけど、あいちゃんをだれもいないところに置きっぱなしにするのが怖くて、やっぱり家から出られない。学校から帰ったら、団地の中でなにかが――それかだれかが、死んじゃってたらどうしよう。
あいちゃんを見張っていられるのはいいけど、このままあおいちゃんにも会えないまま、夏休みに入ってしまいそうだ。あおいちゃんのことを考えると、急にさびしくなってしまう。
あおいちゃん、今どうしてるかな。あおいちゃんの後ろにいる「こわいの」って、まだいるのかな。
「あいちゃん、あおいちゃんの後ろにいるこわいのって、何なんだろ?」
箱の中にいるあいちゃんに話しかけると、あいちゃんはぷるぷる震えて「こわぁいのよ」と言う。前よりちょっと上手になったような気がしなくもないけど、やっぱりあいちゃんのおしゃべりはよくわからない。それとも、あいちゃんも「こわいの」が何なのか知らないのかな?
「そのこわいのって、あおいちゃんをどうしたいのかな」
そう聞いてみると、あいちゃんはまたぷるぷる震えながら「ちょうだい」って言った。わたしはあいちゃんにふうふう息をかけてあげた。
ちょうだい。
ふと思いついて、「あいちゃん」と聞いてみた。
「あいちゃんがもうちょっと大きくなったら、そのこわいのを食べられちゃったりしない?」
もしそいつがあおいちゃんにとって悪いものなら、あいちゃんがそいつの命のエネルギーを吸って殺しちゃったり、弱らせたりすればいいんじゃないかな。ゴミ捨て場でワンちゃんにやったみたいに。
そう思った。
あいちゃんは黙っている。気のせいかもしれないけど、なにか考えているみたいに見えた。
「ねぇ、あいちゃん――」
そのとき、玄関の方で「とん」という音がした。たぶん、何かがドアポストに入れられた音だ。
(多岐川先生かな)
一番最初にそう思った。最近学校に行けてないから、先生がプリントを届けにきたのかもしれない。
でもすぐに「違うな」って思った。先生だったらきっと、一度はチャイムを鳴らすと思う。ドアの向こうでかすかに足音がした。どんどん遠ざかっていってしまう。
おうちにだれかが来るっていうこと自体がすごくひさしぶりで、ひとに会うのがなんだか怖くなって、すぐに体が動かなかった。少し経ってから、わたしはようやく部屋を出て、階段から外を見下ろしてみた。誰が来たのか見えるかもしれないと思ったけれど、もう外に行ってしまったみたいで、それらしい人の姿は見えなかった。
あきらめて部屋に戻ると、ドアポストの中を見てみた。がさがさした紙の束が出てきた。白い和紙に、適当に塗ったみたいに墨がべったりついている。それが何枚も輪ゴムで束ねられていた。
どこかで見たことがあるな、と思って、すぐに思い出した。あおいちゃんの家で見たことがあるんだ。たしか、あおいちゃんのおばあちゃんが言ってた「先生」のお札だ。
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