13
まりちゃんがよその人の飼い犬を死なせちゃったことは、さすがにママも怒るだろうと思っていた。でも、わたしがどきどきしながら打ち明けると、ママはすごく喜んだ。わたしはびっくりしてしまった。
「あいちゃんはすごいね! もう精気を吸うようになったんだ」
ママはそう言って、わたしのことをぎゅっと抱きしめてくれた。
「せいきをすうってどういうこと?」
わたしが聞くと、ママはにこにこしながら「そうだねぇ、命のパワーみたいなものを食べちゃうみたいな感じかな」と言った。
「血を吸ってるだけじゃないの?」
「これまではそうだったんだけど、ワンちゃんはすぐに死んじゃったんでしょ? たぶん、血といっしょに精気を吸ったんだと思うよ」
「吸われると死んじゃうの?」
「いっぱい吸われるとね」
ママはそう言って、わたしの頭をなでた。
「まりちゃんはすごいね。十一歳なのに、もうあいちゃんをそこまで育てたんだ。すごくがんばったね」
ママの言い方は、わたしがピアノの発表会ですごくがんばったときみたいだった。「すごいねまりちゃん、もうこんな難しい曲が弾けるんだ」って言ったときと、すごく似てると思った。
胸の奥が、なんだかざわざわっとした。
ママが追い出しちゃったから、パパは家に帰ってこない。わたしには何も教えてくれないけど、また遠くの街で働いてくれているんだと思う。
パパがいなくなって、ママが戻ってきたあとも、わたしは学校に行かなかった。あいちゃんから目をはなすのが怖くなったのだ。
あんなに簡単に犬が死んじゃったんだから、別のものも精気を吸って死なせてしまうかもしれない。たぶんわたしにはそういうことはしないと思うけど(うまく言えないけど、そういうことにはならないだろうなって思うのだ)、たとえばあいちゃんがママを死なせちゃったらどうしよう。
ママはまだ体調がよくないからお仕事を休んでいる。わたしが学校に行くと、ママとあいちゃんがふたりきりになってしまう。あいちゃんがママの血や精気を吸って、うっかり死なせてしまうかもしれない。
ママが死んじゃったらすごく困る。あいちゃんや■■■のことをまだたくさん聞かなきゃならないのに、いなくなったら大変だ。それにやっぱり、ママが死んでしまったらすごくかなしいと思う。わたしはママのことが大好きだし、もっとずっといっしょにいたい。
わたしが学校を休んでも、ママは特になにも言わない。だまってふわふわ笑っている。「あいちゃんのことが気になるんだよね、いいんだよ」って言って、わたしの頭をなでる。
「パパはわかってくれなかったけど、ママはよくわかるよ。ママだって自分の■■■を育ててたんだから。ママ、あいちゃんが強い■■■になるように、まりちゃんのことを手伝うからね」
それでママが死んじゃったらどうしよう、とわたしが言うと、ママは、
「いいんじゃない。あいちゃんが大きくなるのに必要だったらしかたないよ」
って言う。
本当にそれでいいのかなって時々思う。あいちゃんのお世話は大切だけど、ママはそのために自分が死んじゃってもいいのかな。最近、ママのこともちょっとだけ、ときどきだけど、怖くなってきたかもしれない。
あいちゃんは今のところ、血を吸ったり、息を吹きかけてもらって満足しているみたいだ。
でも、また何かの精気を吸いたがるかもしれない。それがいつなのかわからないけど、わたしにはそんな気がする。
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