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 その日も、次の日も、わたしは学校に行かなかった。学校に行ってる間に、パパがまたあいちゃんを捨ててしまうかもしれないからだ。

 パパのことはまだ好きだし、いいひとだと思うけど、パパはあいちゃんのことがとにかく嫌いらしい。だからわたしが学校に行くと、その間にまたこっそり捨ててしまうかもしれない。

 だからと言って、あいちゃんを学校につれていくのもむずかしい。あおいちゃんと会ってしまうし、それにだれかの血を勝手に吸ってしまったら困る。あいちゃんの姿はほとんどのひとには見えないけれど、それでもいきなりだれか倒れたり死んだりしたら、絶対に大さわぎになると思う。だから家で見張っているのが一番だと思ったのだ。

 あいちゃんはよく「ち、ちょうだい」って言うようになった。わたしは大変だ。ご飯をたくさん食べるようにしてるけど、元々そんなに食べられないし、やっぱり限界がある。頭がふらふらするようになって、立ち上がるのがつらくなってきた。パパは心配してくれるけれど、「あいちゃんに血をあげて」なんて言えない。

 一度だけ見にいったけれど、ワンちゃんの死体はゴミ捨て場からなくなっていた。まだ血が飲めないかな、と思っていたのに残念だ。


 パパかママが連絡したのだろうか、家に一度だけあおいちゃんのお母さんが来た。わたしがあいさつすると、「まりちゃん、顔色がよくないよ。大丈夫?」って心配してくれた。おかずをたくさん作って持ってきてくれたらしい。パパが何度もお礼を言っていた。

 あおいちゃんのお母さんは、またわたしの方をちょっと見て、それから「小早川さん、ちょっといい?」と言って、パパを外に連れ出した。パパはすぐに戻ってきたけど、何を話していたのかはわからなかった。

 とにかく、あおいちゃんのお母さんとおばあちゃんが作ってくれたっていうおかずは全部おいしかった。パパもがんばってくれるけど、料理はあんまり得意じゃないのだ。


 その次の次の日、ようやくママが退院してきた。パパが病院からタクシーで連れて帰ってきてくれた。すごくうれしくて、ママに心配かけたらよくないなと思いながら、ちょっと泣いてしまった。

 わたしが、パパがあいちゃんを捨てたことを話したので、ママはすごく怒った。ひさしぶりにパパとママがうちにいるのに、そんなことどうでもいいくらい怒ってしまった。

「せっかくまりあが育てた■■■を捨てるなんて」と大声で言いながら、ママは怒り過ぎて泣いていた。「信じられない。この子がどうなってもいいの?」

 パパが何か言おうとしても、ママはすぐにさえぎってしまう。いつもきれいでにこにこしているママなのに、見たことがないくらい恐い顔をして、

「大体あんただってさんざんわたしの■■■を利用してきたくせに今更なに言ってんの文句があるなら出てって早く出てってよ離婚でもなんでもしたらいいでしょ絶対まりあは渡さないからね」

 すごい早口でわぁわぁいいながら、とうとうパパをアパートから追い出してしまった。パパの荷物をさっさとまとめると玄関から放り出して、鍵とチェーンをかけてしまった。

「ごめんね、まりちゃん」

 ママに抱きしめられて、初めて自分がすごくどきどきしていたことに気づいた。ママがこんな風に怒るところなんて、今まで一度も見たことがなかった。

「だいじょうぶ、ママがまりちゃんと、あいちゃんのことを守ってあげる。あいちゃんを大きく育てて、りっぱな■■■にしようね」

 わたしはうなずいた。うなずくしかないと思った。早くあいちゃんを育てて、強い■■■にしなきゃ。でも、それにはあとどれくらいかかるんだろう?

 あいちゃん、今度はなにを「ちょうだい」って言うんだろう?

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