09

 梅雨が明けたころ、ママが仕事中にたおれて病院に運ばれた。

 学校に電話があって、多岐川先生がうちに来て、病院に連れてってくれた。ママはベッドの上で眠っていた。病院の先生が、働きすぎてつかれたんだって説明してくれた。それにひどい貧血だって。

 貧血はあいちゃんのためだと思った。先に貧血っぽくなったのはわたしの方だった。具合がわるくなって頭がぐらぐらして、ママに話したら「あいちゃんに血をあげすぎちゃったね」と言われた。だから最近、ママがあいちゃんに血をあげることが増えていたんだ。

 やっぱりわたしがちゃんとやらなきゃ。あいちゃんはわたしの■■■なんだから、ママに頼りっぱなしじゃだめなんだ。

 多岐川先生はすごく心配してくれた。わたしもあいちゃんとふたりぼっちで一晩留守番したことがなかったから、不安になってしまった。でも、ママが目をさましてパパと連絡をとってくれた。先生はわたしを団地まで送ってくれて、夜パパが来るまでずっといっしょにいてくれた。

 パパに会うのは二ヵ月とか三ヵ月とか、とにかくひさしぶりだ。わたしの顔を見て「あんまり顔色がよくないぞ」と言った。そういうパパもあまり元気そうには見えなかった。でもわたしの頭をなでて、

「ママが帰ってくるまで、パパがいるからね」

 と言ってくれたのでうれしかった。

 わたしはすっかり安心してしまった。ママがいなくても、パパが家にいるならきっと大丈夫だ。

 その日は自分でも思ってなかったほどつかれていたみたいで、家に帰ってあいちゃんにちょっと血をあげただけでぐったりしてしまった。

 わたしが腕を切ったのを見て、パパはすごく驚いたみたいだった。わたしが「あいちゃんは血をほしがるようになったんだよ」と教えてあげると、いやそうな顔をしてトイレに行ってしまった。

 パパは前からあいちゃんのことをあんまり好きじゃなかったみたいだから、ああいう顔をしてしまったのかもしれない。でも、パパにもあいちゃんを好きになってほしい。

 わたしはあいちゃんに血をあげて、それから息を吹きかけてあげた。やっぱり今日はいつもよりずっとつかれているみたいだ。布団の中に入ると、魔法にかけられたみたいにすーっと眠くなってしまった。


 朝、机の上にあったはずの箱がなくなっていた。あいちゃんが入っていた箱だ。

 頭の中が真っ白になった。なにが起こったのかわからない。なんで? あいちゃんを育ててさえいれば大丈夫なはずだったのに、あいちゃんがいなくなったらどうしよう。

 まず部屋の中を、名前を呼びながら探してみたけど、あいちゃんは全然返事をしてくれない。こんなことはじめてだ。

「パパ! あいちゃんがいない!」

 泣きそうになりながら、キッチンにいたパパにそう言った。パパは朝ごはんのしたくをしていたけれど、手を止めてこっちを向いた。大変なことが起きているのに、パパは全然あわてていない。

「まりあ、話があるんだ」

 パパは包丁をまな板の上において、わたしの方にやってきた。しゃがみこんで両手をわたしの肩におき、すごくまじめな顔でわたしの目をじっと見つめた。

「まりあの机の上にあった箱は、パパが捨ててきた」

 真っ白だった頭の中が、今度はつーんと冷たくなった。

「そうするのが一番いいんだ。ママがまりあに、あのわけのわからないものを持たせるって言ったとき、もっとまじめに話を聞いておけばよかった。ただのお守りみたいなものだと思っていたのがだめだったんだ。まりあ、あれはよくないものだよ」

 そうやってわたしに話しかけてくるパパが、なんだか全然知らない、別の人みたいに見えた。

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