08
空は灰色で雨が降り出しそうだ。長袖を着てても暑くない、わたしにとってはとてもいい天気の日だった。
わたしはあおいちゃんとならんで学校を出た。なんとなくあおいちゃんの家の方に向かって歩き始めたけど、わたしの家は反対の方向だから、どこかでお別れしなきゃならない。
さそったくせに、あおいちゃんは無言だ。何か言いたそうなのはわかるけど、言いにくいみたいでもじもじしている。
あおいちゃんはわたしよりずっとしっかりしてるけど、時々ちょっと弱くなって、恥ずかしがりやさんになる。きっとわたしに聞きたいことがあるんだろうな。でも、聞いたらわたしがいやな思いをするかもって考えて、なかなか聞けないんだと思う。あおいちゃんはそういう子だ。
公園の近くまで来たとき、ようやくあおいちゃんが「あの」と口を開いた。
「……最近どう?」
わたしはどんなふうに答えたらいいのかわからなかったから、「どうって?」と聞き返した。あおいちゃんはなんだか泣きそうなしかめっ面をしていて、ちょっと心配になってしまう。だからわたしは笑うことにする。たぶん今、わたしまで泣きそうになったらだめなのだ。
「その……最近まりちゃん、髪とか編み込みしてないし、服ちょっとしわだらけだし、腕なんかケガしてるし、ごめん、その、気になってさ……」
そう言いながらあおいちゃんはどんどんうつむいていく。と思ったらぱっと顔を上げて、わたしの方をじっと見た。
わたしは笑っている。前、あおいちゃんが「まりちゃんの笑い方ってふわふわしてるね」って言ってた、たぶんそのまんまの笑い方で笑ってると思う。そうかな。本当にできてるのかな。ちょっとわからなくなってきたから、声に出してみた。
「全然大丈夫だよ、あおいちゃん」
あおいちゃんはまだ泣きそうな顔をしているから、わたしは安心してほしくて、もうちょっと話を続けてみる。
「今は大変だけど、そのうちなんとかなるから。それよりさぁ」
今はわたしなんかより、あおいちゃんの方が全然大丈夫じゃなさそうだ。
泣きそうな顔のままだし、それに相変わらずいやな匂いがする。あいちゃんのおかげで気づいたあの匂いだ。あおいちゃんの後ろには、まだなにか「こわいの」がいるんだ。どうしよう。あおいちゃん、大丈夫かな。心配になって、つい笑顔がひっこんでしまった。わたし、そういえば最近、あおいちゃんが笑うところを見ていないような気がする。
「――あおいちゃんこそ、大丈夫?」
そう聞くと、あおいちゃんがびっくりしたみたいに固まった。そのまま動かなくなったので、わたしはもっと心配になってしまう。
「あおいちゃん?」
もう一回声をかけると、またいやな匂いがした。あおいちゃんは固まっている。もう一度呼びかけると、スイッチが入ったみたいにやっと動き出した。
「――だ、大丈夫。私は全然、普通だよ。何にも困ったこととかないし。その――私、なんか大丈夫じゃなさそうに見えたかな?」
あおいちゃんがそうやって、自信なさそうに聞くのがなんだか面白かった。自分のことなのに、わたしに聞くなんておかしい。わたしは「ふふっ」と声を出して笑ってしまった。そうか、わたしってばバカだ。こんなこと聞いたって意味がないのに。
あおいちゃんは大丈夫だ。わたしがあいちゃんを育てているから。あいちゃんがちゃんと育ちさえすればいいんだ。
「大丈夫。あおいちゃんだって大丈夫だよ」
「どういうこと……?」
不思議そうな顔をしているあおいちゃんに、私は「ひみつ」と小声で教えてあげた。「じゃあね、あおいちゃん。わたしの家、あっちだから!」
あいちゃんが家で待っている。わたしは急いで走り始めた。早く帰ってあいちゃんの面倒をみなくっちゃ。ふり返って「ばいばい!」と手を振ると、わたしはまた前をむいて走った。
早くあいちゃんを育てなくっちゃ。
あおいちゃんの後ろにどんな怖いものがいても大丈夫。わたしとあいちゃんが、あおいちゃんを助けてあげればいいんだ。
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