07

 あおいちゃんの後ろに何がいるのかわからないまま、梅雨が始まった。

 ときどき暑い日があって、そんなときは長袖を着ているのがつらいけど、左腕が傷だらけになっちゃったのでそういうわけにもいかない。腕だけじゃなくておなかとか、見えにくいところにも傷をつけるようになった。

 このままじゃ、今年の水泳の授業はずっと見学だ――体育といえば、着がえるときにあおいちゃんに腕の傷を見られたらしい。また心配させそうで困るなぁと思う。

 そういえばあおいちゃん、ピアノの発表会は何の曲を練習してるんだろう。そういう話をあんまりしなくなっちゃったから、教えてもらっていない。あおいちゃんだったらピアノピースの中級くらいかな? わたしの好きな曲だったらいいなと思う。たとえばメンデルスゾーンの『狩の歌』とか、明るくてキラキラしたかんじの曲がいい。あおいちゃんは手が大きいから、わたしよりもオクターブがうまい。『狩の歌』はぴったりだと思う。

 そういえばわたし、教室やめちゃったけど発表会に行ってもいいのかな? あいちゃん、つれてっても平気なのかな。ピアノの音は好きになってくれるかな。本当は自分でホールのグランドピアノを弾きたいけど、わたしはあおいちゃんが弾くのを見るのも好きだ。


 そういえば最近、あんまり友だちと話さなくなっていることに気づいた。

 うちがいきなり貧乏になっちゃったから気をつかわれてるみたいだし、腕の傷のことがあおいちゃん以外の子にもばれたみたいで、みんなに遠巻きにされているみたいだ。

 ひそひそ言われるのが面倒になって、わたしからもみんなと話さなくなった。あいちゃんのことでいそがしいから、さびしいなんて言ってる場合じゃない。実際、あんまりさびしいとかは思っていない。

 でも、あおいちゃんはさびしそうな顔をしているから、やっぱりこのままじゃよくないな、と思う。

 あおいちゃんに近づくと、やっぱりいやな匂いがする。後ろにいる何かの匂いだ。あいちゃんがいなくてもよくわかる。だんだん匂いが強くなってきたような気がする。

 もしかすると後ろにいる何かが、どんどん強くなっているのかもしれない。

 あおいちゃんは何も知らないみたいに見えるけど、このままほっといてもいいんだろうか。とにかく心配をかけたくなくて、あおいちゃんといっしょにいるときは、なるべく笑うようにしている。なるべく前みたいに、何の心配もないみたいに笑っていなくちゃ。わたしのママみたいに、ふわふわ笑っていないとダメなんだ。


 放課後はすぐ帰るようにしている。家であいちゃんが待っているから、なるべく早く帰って血をあげないと。最近おなかがすくのか、あいちゃんは前よりもよく血を吸うようになった。前と同じように息もかけてあげなきゃならない。お話もしてあげたい。

 でもその日は、帰ろうとしたらあおいちゃんに呼び止められた。

「いっしょに帰ろう」

 すごくまじめな顔をしていた。それに、なにか話したいことがありそうだ。何かあったのかな?

「いいよ」

 わたしはそう答えて、笑ってみせた。あおいちゃんもちょっと笑ってくれた。

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