15
私は自転車を反対側に切り返すと、昨日まりちゃんが歩いてきた方をめざして走り始めた。団地の周りをぐるっとまわるような上り坂で、自転車で上るのはけっこうしんどい。額から汗がぽたぽたたれて、私はおでこを手の甲でぬぐった。家から近いから油断していたけど、何か飲み物を持ってくればよかったと思った。途中で自転車を降りて、押しながら進んだ。
ようやく団地の真後ろにやってきた。山の上に行く道とまっすぐ続く道に分かれていて、まっすぐの方はどうやら団地の横を通って正面の道に出てしまうらしい。こっちに行ってもあまり意味がなさそうだ。
私は山に上っていく方の道に進んでいった。進むにつれてだんだん涼しくなり、木の葉のこすれあう音が聞こえた。
私は腕時計で時間を確認した。十一時半を過ぎている。昼ごはんに間に合うように帰らないと。
(もうちょっとだけ先に行ってみよう)
道路はどんどん上に続いているように見える。本当にまりちゃんはこっちから来たのかな、と考え出した私の目に、一本の横道が飛び込んできた。
私は自転車をその道の入り口に停め、細い道を歩いて上り始めた。もう足元はアスファルトじゃない、上を何度も通って固めたような土の道路だ。セミの声が私をすっかり包んでしまう。
(うちに帰れなくなったらどうしよう)
と、ふと思った。周りの緑の濃さとセミの声しか聞こえない山の中は、なんだかさっきよりももっと別世界に来たみたいだ。
時計は四十分をさした。もうちょっとだけ先を見に行って帰ろう、と決めたそのとき、木々の間に家みたいなものが見えた。
ぼろぼろの小屋みたいなものがある。
そのとき、鼻が痛くなりそうな強い匂いがした。いやな匂いだ。
まりちゃんからただよってきた匂い。たぶん、今まで感じた中で一番強い。
「だめだよ」
おねえさんの声が聞こえた。たぶん、私のすぐ後ろに立って、あの顔をよせている。その近さでもう一度、
「だめ」
とささやかれた。
この先に何があるのか知りたい。
でも怖い。
結局私は引き返した。元来た方に道を下って、自転車に飛び乗り、走った。誰かに追いかけられているみたいに必死でペダルをこいだ。
家に着いたときには心臓がばくばく鳴っていて、何もなかったふりをするのが大変だった。
なんで。あそこになにがあるんだろう。
どうしてあのいやな匂いが、あんなに強くなったんだろう。もしかするとまりちゃんがあそこにいたのかもしれない。あの古い倉庫みたいなもののところに行けば、まりちゃんに会えたのかもしれない。
でも、怖い。
思い出すといやな胸騒ぎがする。
さっきはすごく危なかった。あそこに行くのは危ないことだったんだ。これといって理由もないのに、そんな気がしてしかたがなかった。
まりちゃんは今、どこにいるんだろう。
どこで、何をしているんだろう。
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