14
昨日と同じルートを辿って、何事もなく団地に着いた。
町の高台にあるから、団地の後ろには山が迫っている。近づくとセミの鳴き声がぐっと大きくなって、なんだか家からすごく遠いところに来たような気持ちになった。自転車で十分くらいのところなのに不思議だ。
今日も全然人がいないな、と辺りを見回しながら、とりあえず私はC棟301号室をめざした。ほこりっぽい階段を上っていくと、上から足音が近づいてくるのに気づいた。団地に住んでいる人だろうか。私は階段の壁側によって、上からくる人を避けようとしながら、もしも下りてくるのがまりちゃんや、まりちゃんのママだったらどうしよう、と思ってどきどきした。自分から訪ねてきたくせに、まだ心の準備ができていない。
「あれっ? 町田さん」
階段を下りてきた人は、よく通る声で私の名前を呼んだ。聞き覚えのある声だ。
「
私やまりちゃんのクラス担任の、多岐川先生だった。クリーム色の半袖のシャツに黒いスラックス、長い髪をバレッタでまとめている。学校の外だとなんだか見慣れなくて、先生というより「普通のきれいなお姉さん」って感じがする。
「町田さんも、小早川さんのところに来たの?」
「あっ、はい。先生も?」
「うん。登校日の前に会えるといいなと思って」
先生はそう言いながら、おでこの汗をハンカチでぬぐった。暑い。
「私も先生と同じこと考えてた」
「そっか。まぁ、いらっしゃらなかったんだけどね」
先生もまりちゃんやまりちゃんのママには会えなかったらしい。なんだぁ、と言うと、先生は困ったみたいに「へへ」と笑った。
「邪魔になるといけないから、下に行こうか」
私たちは並んで階段を下りた。建物の外に出るとセミの声がすごくうるさい。団地の駐車場のすみに、見覚えのある青くて丸っこい自動車が止まっていた。多岐川先生の車だ。
「先生って、夏休みも仕事してるの?」
「してるよぉ。色々やることがあるんだな」
「今も仕事中?」
「うん。家庭訪問」
「おつかれさまです」
「へへへ、ありがとう」
先生は車のドアに手をかけながら振り返って、私の顔をじっと見つめた。
「なんか、町田さんも元気ないね。やっぱり小早川さんのことが心配?」
私は思わず周りを見渡した。まりちゃんじゃなくて、おねえさんがいないかと思ったのだ。確かにあまり元気とは言えないかもしれない。おねえさんが夢に出てくると、休まる感じがしないのだ。
でももちろん、先生におねえさんの話なんかできない。多岐川先生のことはいい先生だと思うけど、たぶん私の話を聞いたら変な子だと思うだろうし、いつも明るくてはきはきしてて、幽霊とか信じなさそうな気がする。私もうまく説明できるか自信がない。
私が黙っていると、先生はちょっと首をかしげて私と目線を合わせながら、「何か先生に話したいことあったら、夏休み中でも学校においで」と言った。
「今日だったら、私五時くらいまで職員室にいるから――あっ、そうだ」先生はくるくる表情が変わる。「町田さん、夏休み中は小早川さんに会えた?」
私は先生に、昨日まりちゃんを団地の前で見かけたという話をした。家の方で見たことは話さなかった。まりちゃんが何をしていたのかわかっていなかったからだ。
「そうかぁ。元気そうだった?」
「遠くてちょっとわかんなかった。話もできなかったし」
「そっか」
多岐川先生は「家まで送ろうか」と言ってくれたけど、自転車があるから断った。私は自転車にまたがって、先生よりも先に団地を出た。
ペダルをこぎながら、ちょっとだけ安心しているのに気づいた。私だけ会えないわけじゃないんだ、先生も会えなかったんだ――実はちょっと心配していたのだ。まりちゃんに嫌われていたらどうしようって。
私の自転車を、先生の車がゆっくり追い越していく。それを見送ってからふとあることに気づいて、私は自転車を止めた。
昨日まりちゃんが歩いてきた方向、つまり今私が向かっているのと反対の方向には、何かあるんだろうか?
もしかするとまりちゃん、あっちにいたりしないかな、と思った。
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