13
「ちがうんだよ、あおいちゃん」
私の部屋で、私のベッドで、私の隣に腰かけて、顔のないおねえさんが歌うように話す。起きているときはあまりしゃべらないおねえさんだけど、夢の中ではよくしゃべる。
「いやな匂いがするのは、まりちゃんのせいなの」
小さな子に言い聞かせるみたいに、やさしく、ゆっくり、おねえさんは話しかけてくる。おねえさんを信じていいのかどうか、私にはわからない。嘘をついているような気もするし、おねえさんが私に嘘なんかついてどうするんだろう、という気もする。わからない。わからないことだらけだ。
「そうなの? 私にはわからないよ」
そう言った自分の声で目が覚めた。もう窓の外が明るい。
夢からさめるとほっとする。おねえさんと話しているのは疲れるんだ、ということがわかる。嘘か本当か、危険か危険じゃないのかわからないから、話していると夢の中でも疲れてしまうんだと思う。
朝の光の中で、枕の上に頭をのせて、私は昨日ちらっと見かけたまりちゃんのことを思い出そうとした。
いつもふわふわ笑っていたまりちゃんが、昨日は笑っていなかった。別におかしなことじゃない、単にひとりだったから笑う相手がいなかっただけだ――と考えようとしても、なんだかしっくりこなかった。ずっと暮らしていた家がなくなっても、腕が傷だらけでも、まりちゃんは「大丈夫だよ」と言ってふわふわ笑ってた。
やっぱり、私が知らない事情が何かあるんだ、と思う。
ママが体をこわして、パパが遠くにいってしまったまりちゃんを助けてあげられるのは、私だけなんじゃないか。私が見捨ててしまったら、まりちゃんはどうなってしまうんだろう。
考えているとなんだか悲しくなって、涙がぽろぽろ出てきてしまった。
目元をぬぐって壁のカレンダーを見る。そういえば、そろそろ登校日だ。もしかしたらその日、まりちゃんに会えたりしないかな、と思った。
朝ごはんを食べて、ゆっくり身支度をして、今日やる分の宿題をすませて、時計を見るとまだ十一時だ。
これからまた、まりちゃんの家(とちゃんと決まったわけじゃないけど)に行ってみようかな、と思い立って、少し迷った。自分の家でもないのに団地の敷地内を何度もうろうろしたら、今度こそ叱られないかと心配になったのだ。叱られるだけならいいけど、それで親や先生に迷惑がかかったり、二度と団地に入れなくなったりしたら困る。
でも、どうせだったら登校日の前にまりちゃんに会いたい。「学校くる?」ってちゃんと確認しておきたいし、迷っているんだったら「いっしょに行こう」って誘ってみてもいいかもしれない。
「ちょっと出かけてくる」
リビングでごろごろしながらマンガを読んでいた茜に声をかけると、「どこ行くの?」と聞かれた。
「友達のとこ。ちょっと話したいだけだから、お昼にはちゃんと帰るよ」
お昼ごはんをすっぽかすと、お母さんやおばあちゃんに叱られてしまう。茜は足をぱたぱたさせながら「はーい」と答えた。
おばあちゃんは部屋で和裁をやっていた。茜と同じように声をかけると、「暑いから気をつけてね」と言われた。
「わかった。いってきます」
玄関を出て自転車にまたがった。今日も晴れていて、とても暑い。道路に乗り出したとき、「今日も変な匂いする?」って茜に聞けばよかった、とふと思った。
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