12

 夕飯のとき、おばあちゃんが「そういえば変なことがあったのよ」と言い出した。

「家の裏に貼っておいたお札、さっき見たらなくなっちゃってたの」

「お札?」

 お母さんが首をかしげる。茜も真似して頭を傾ける。お父さんは仕事だ。

「お札ってあれでしょ、おかあさんがあの、先生にいただくやつ……?」

「そう、それがないのよ。裏口に貼ったんだけど」

「もうー、人目につくところはやめてって言ったじゃないの」

 ちょっとケンカっぽい口調になってきたので、私と茜はだまって目配せをした。よその人には「おばあちゃんとおかあさんは、本当の親子じゃないのに仲がいいね」って言われることが多いけれど、本当に仲がいいのかどうか、時々わからなくなるときがある。まぁでも二人が全然話さなくって無視してばっかりとか、暴力をふるったりなんてことはないし、こうやって遠慮なく話せるのが、仲がいい証拠なのかもしれない。

「自然にはがれたんじゃないの?」

 お母さんが言うと、おばあちゃんが首を振る。

「何枚か貼っておいたのに全部ないのよ。壁に跡がついてたし、誰かがむりやりはがしたんだと思うわ」

「誰かがやったんだとしたら、誰がそんなことしたんだかねぇ」とお母さんがため息をつく。「やっぱり傍から見たら気味が悪いんじゃない?」

「やめてちょうだいよ、先生にせっかくいただいたんだから」

 茜が私をつついて「あれちょっとこわいよねぇ、お札」とささやいた。私もうなずいてみせながら、頭の中ではまりちゃんのことを考えていた。

 お札がなくなったことと、まりちゃんが私の家の方に来たことなんて、何の関係もないことかもしれない。でも同じ日にあったことだから、ついつい結びつけたくなってしまうのだ。でも、まりちゃんがあんなお札を持っていってどうするというのだろう? やっぱり、全然関係ないことなのかもしれない。

 でも。

(ちょうだい)

 留守電に吹き込まれた声のことを、私は思い出した。ちょうだいって、お札のことだったのかな? やっぱりタイミングが合いすぎているんじゃないかな。

「おねえちゃん、どうかした?」

 茜に声をかけられて、考え事に夢中になっていたことに気づいた。

「ううん、なんでもない」

 私は止まっていたフォークを動かし始める。茜は「最近おねえちゃん、なんか変だよ」と言った。

「そう?」

「うん。なんかたまに変な匂いするし」

 そう言われて、胸の奥がざわざわした。

「変な匂いって?」

「えー、なんかうまくいえないよ」

 茜は私のしかめっ面を見て、怒られそうだと勘違いしたらしい。「別にくさいとかじゃないよ!」とフォローしてくれた。

 おねえさんはちょっと離れたところで、あの穴みたいな顔でこっちを眺めている。まりちゃんがいなくなってから、あの変な匂いはおねえさんから漂ってくるような気がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る