09

 まりちゃんに会えないまま、夏休みに入った。

 学校が休みのときはいやだな、と思う。夏休みになったら家にいなきゃならない。家は学校よりちょっと暗いし、学校みたいににぎやかじゃない。

 家には茜とおばあちゃんがいるけど、いつも私と一緒にいてくれるわけじゃない。もっと人がいた方がいい。もっとにぎやかで、いっそうるさいくらいが安心できる。

 顔のない「おねえさん」は、昼でも夜でも出てきて、私の方を見ているようになった。

 おねえさんには影がない。出てくるとあの、まりちゃんからしていたいやな匂いが漂ってくるような気がする。まりちゃんがいないのに変だけど、でも匂う、気がする。

 夢の中にもよく出てきて、話しかけてくるようになった。夢の中では怖くない。普通に受け入れてしまっている。起きてからそのことが怖いなと思う。

 家族や友だちには、おねえさんの姿は見えないみたいだ。誰かに話してみたいけど、きっと誰も信じてくれない。おばあちゃんは信じてくれるかもしれないけど、絶対に「先生」のところに連れていかれるだろう。

 今はひとりでがまんできる。おねえさんは、起きているときは話しかけてこない。ただ私を見ているだけだ。誰にも相談しなくても大丈夫。まだがまんしていられる。


 ある日の夕方、熱を出した茜がおばあちゃんと一緒に病院に行ってしまって、家にひとりになった。

 私はテレビを点けて、なるべくうるさそうな番組を選んだ。クイズ番組の再放送を見ていると気が紛れる。早くおばあちゃんたち帰ってこないかな、と思いながらリビングのテーブルにほおづえをついていると、電話が鳴った。

 電話はリビングのすみにある。お父さんとお母さんがいないときは留守番電話になっているので、私がとらずに待っていると、少ししてメッセージが流れ始めた。

『ピーッという音のあとに、メッセージをどうぞ』

 淡々とした女の人の声の後に、ピーッという音が続いた。少し間があって、声がした。

『ちょうだい』

 どきっとした。その声はまりちゃんの声にすごく似ていた。本人だったかもしれない。今から電話をとったらまりちゃんと話せるかも……そう思って立ち上がったとき、電話が切れてしまった。

 まるでそれを待っていたみたいに玄関のドアが開く音がして、茜の「ただいまー」という声が聞こえた。

 ほっとしながら、着信履歴を見た。まりちゃん家の電話番号がわかるかもしれないと思ったのだ。でも、何度見ても履歴は残っていなかった。

 確かに電話がかかってきたはずなのに。

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