08
「あおいちゃん、まりちゃんのことが心配?」
私の部屋のベッドに座って、おねえさんがそう言う。
「うん……」
私は並んで座りながら、足をぶらぶらさせている。
「おともだちだもんね」
「うん」
「でもねぇあおいちゃん、やっぱりまりちゃんちには、あんまり深入りしない方がいいと思うな」
おねえさんはそう言って、私の頭を優しくなでる。
「うーん……」
「家のことなんてひとそれぞれだし。それにほら、まりちゃんが近くにいるといやな匂いがするじゃない。あれってやっぱり、よくないものの兆しだと思うのね」
おねえさんは話しながら、私の頭をずっとなでている。なでられているうちに、おねえさんの言うとおりかな、と思い始めてしまう。
おねえさんはずっと私の近くにいたみたいな、不思議なひとだ。なんでもこの人の言うとおりにしていれば大丈夫なんじゃないかな……なんて不思議な感覚がそう言う。おねえさんは優しくて、てのひらがやわらかくて、そして、
顔がない。
私は目を覚ました。窓のすきまから光が差し込んでいるけれど、まだまだ起きるには早すぎる時間だ。
今のは夢だったんだ。夏用のふとんにもぐりながら、私は夢に出てきた「おねえさん」のことを考えた。私の姉じゃない。私には妹の茜しかきょうだいはいない。
あんな人、いないはずなのだ。
「葵ちゃん、そろそろおばあちゃんと先生のところに行ってみない?」
まりちゃんが学校に来なくなったのと同じくらいの時期、おばあちゃんがそんなことを言うようになった。
もちろんいやだって断った。話を聞いていたお父さんも渋い顔をする。
「母さん、そんなところ――言っちゃ悪いけど、そんなうさんくさいところに葵を連れていくなよ」
「うさんくさくなんかないわよ。あんたにはわからないのね」
おばあちゃんはすごく不満そうで、ちょっと怒っているようにも見える。
「そう言われたって、わからないものはわからないよ。大体、遠いんだろ? 母さんの実家の方じゃないか」
「それはそうだけど、葵ちゃんだってもう大きいんだから。ちょっとくらい遠くたって平気よ」
お母さんはふたりの話をだまって聞いている。どこか痛いみたいな顔をしている。
たぶん、先生のことが気になるんだ。私はそう思った。お母さんもまりちゃんの家のことを心配しているから、何かに頼りたいんだと思う。
「そういうものは、悲しんだり不安になったりしてる人の心につけこむもんだ」
お父さんがそう言い切って、私を見る。「葵は何か困ったことがあったら、父さんとか母さんとか、学校の先生とかにすぐ言いな」
「うん」
私はうなずいて顔を伏せる。
さっきからキッチンの入り口におねえさんが立っている。顔がない。代わりに真っ暗な穴みたいなものがあって、それをこっちに向けている。
誰もおねえさんには気づかない。私にしか見えないものなのかもしれない。
どうしたらいいのかわからない。
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