07
ある日、まりちゃんが学校を休んだ。
なんでもお母さんが急病らしい。救急車で病院に運ばれたらしい……というのは、私のお母さんから聞いた。幼なじみ同士だから心配で、病院にお見舞いに行ったみたい。
「ひどい顔色なのよ、せっちゃん」
おばあちゃんに、顔をしかめてそう話しているのを聞いた。
「なのにせっちゃんてば笑っててね、笑いながら大丈夫大丈夫って言うの」
笑いながら「大丈夫」って。
私はどうしてもまりちゃんのことを思い出してしまう。灰色の空の下でそう言って笑っていたまりちゃんの、ふわふわとした笑い方。
その日から、まりちゃんは学校に来なくなった。
私が一番仲良しだから、先生に話を聞かれたりしたけど、何も知らないから言うことがない。私いつのまに、まりちゃんのことがこんなにわからなくなってしまったんだろう?
引っ越した後、まりちゃんの家に行ったことがないから、まりちゃんの家がどこにあるのかわからない。団地に住んでいるとは聞いたけど、一言で団地といっても棟がたくさんあるし、部屋だって多いからすぐに探せるとは思えない。まりちゃんの携帯に電話をかけてみたけど、つながらなくなっていた。家には電話があるのだろうか? わからない。学校の先生は「勝手に教えることができない」と言うし、お母さんも知らないらしい。もっと色々まりちゃんに聞いておけばよかったのに、と思う。
もちろんピアノ教室にも来ないから、そこで会うこともできない。当たり前みたいにいっしょにいたのに、私の前から急に消えてしまったみたいに思えた。
まりちゃんのことはほかの子たちも知らないらしい。どこそこで見かけたとか、夜逃げしたらしいとか、色々聞きはするけれどみんなうそっぽい。
本当に、まりちゃんはどこか遠くに行ってしまったのかもしれない。知らないうちに、もう会えなくなっちゃったのかもしれない。
まりちゃんのことを気にしているからか、最近たまに、あのいやな匂いがするときがある。
まりちゃんはいないのに、匂いはちょっと強くなってきたような気がする。いやな匂いなのに、まりちゃんが近くにいるような気がして、私はちょっとほっとしてしまう。
寝ているときに、まりちゃんが夢に出てくることもある。夢の中では、まりちゃんは前のきれいなまりちゃんで、やっぱりいつもふわふわ笑っている。
でも話をしているうちに、気が付くとまりちゃんは全然知らない人になっている。怖くなってどうしていいかわからなくなって、すぐに目が覚めてしまう。
おばあちゃんは相変わらずだ。お祈りをして、お札みたいなものを家の中に貼っている。玄関から見えるところに貼らないでほしいって、お母さんが文句を言っていた。私の部屋にも貼っていい? と聞かれたけど、気味が悪いので断った。おばあちゃんには悪い気がするけど、なんだかもっと怖い夢を見そうでいやだ。
お札は厚い和紙で、黒い墨でぐにゃぐにゃっと何か書かれている。文字なのかもしれないけど、何が書いてあるのか私には全然わからない。
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