10
一晩考えて、団地を探しに行こう、と決めた。
たくさん建物があって、どこにまりちゃんが住んでいるのか調べるのは大変そうだ。それに、勝手にうろうろしていたら住んでいる人に叱られるかもしれない。でも、まりちゃんみたいな声で電話があったのが気になって仕方がなかった。
着信履歴もメッセージも残っていなかったけど、あれは絶対夢じゃなかった。あの声がまりちゃんに似ていたのも偶然とは思えない。やっぱりまりちゃんに会わないと。
次の日、私は市営団地に向かった。団地は、私の家から自転車で十分くらいのところにある。長い坂をだらだらと登っていくと、四角い建物がいくつも見えてきた。
やっぱり棟がたくさんある。私は駐車場の隅っこに自転車を停めると、集合ポストを確認することにした。まりちゃんの家だから「小早川」さんだ。
A棟にはいない。B棟にもいない。C棟の301号室のポストに、手書きの文字で「小早川」と書かれていた。ここが本当にまりちゃん家かはわからないけれど、行ってみないとわからないままだ。
急にひとりきりなのが心細くなって、私は長い長いため息をついた。だれか誘おうかどうか、迷ったけど結局やめたのだ。付き合ってくれそうな友だちがいないわけじゃないけど、いきなり何人も押しかけたらまりちゃんがいやがるかもしれない。お母さんは仕事だし、茜はつかれるとすぐ甘えんぼになるし、おばあちゃんはいきなり「先生のところに行こう」とか言い出すかもしれない。
それにひとりで行ってもふたりでいるみたい――というのは、あの「おねえさん」が時々見えるからだ。あのひともまりちゃんちに深入りするなと言っていたけど、こうして私が団地の中に入っていても、怒ったりはしないらしい。
ここに来る途中、ふと呼び止められた気がして、坂の真ん中あたりで一度振り返ってみた。おねえさんが電柱の影に立っているのが見えた。顔がなくて影もない。あのひとは一体なんなんだろう、とふと考えた。怖いけれど、気にしないようにしていたらちょっとずつ慣れてきた気がする。
とりあえず、おねえさんのことは後にしよう。今はまりちゃんの家を探さなきゃ。
私はC棟の階段を上がっていった。いつからここに建っているんだろう? ずいぶん古い建物のように見える。外壁は汚れて、何かが垂れたような染みがあちこちの影についているし、全体的になんだか暗い。今日はいい天気で、外はとても明るいのに、建物の中はなんだかどんよりしている。まだ人が住んでいるはずだけど、ここまでまだ誰とも会っていない。静かだ。
ようやく三階の301号室に到着した。チャイムを鳴らしたところで急に緊張して、心臓がドキドキ鳴り始めた。
少し待ってみたけど返事はない。まりちゃんは出かけているんだろうか? そういえばまりちゃんのママってまだ入院してるのかな? あの後お母さん、何か話していたっけ。とにかく、今は誰もいないのかもしれない。
誰も出てこなかったのが残念だけど、なぜかほっとしてもいた。もしかするとほかの棟にも小早川さんがいて、まりちゃんの家はそっちなのかもしれない。もうちょっと探さなきゃ。
ほかの棟の集合ポストをチェックするため、私は階段を下りていった。その途中で、敷地のすぐ外に動くものを見た。誰かが表の道路を通ったのだ。
思わず頭を引っ込めて隠れてしまった。そっと顔を出して外を見る。
まりちゃんだ。
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