02

 毎日息を吹きかけてあげると、あいちゃんはちょっとずつ、ちょっとずつ大きくなる。わたしが九歳の頃にはピンポン玉くらいの大きさになっていた。ちっちゃな声で鳴くようにもなった。ママはびっくりして「あいちゃんはきっとすごく強い■■■になるよ」と言った。わたしはとても嬉しかった。

「強い■■■になったら、息をかけてあげるだけじゃ足りなくなるからね」

 ママはうれしそうにそう教えてくれた。

「何をあげればいいの?」

「ママにはわからないの。あいちゃんが教えてくれるよ」

 あいちゃんに「何かほしいものある?」って聞いてみたけど、あいちゃんは仔猫みたいなちっちゃい声を出すだけで、何を言っているのかわからなかった。もうちょっと大きくならないとお話できないのかもしれない。

 あいちゃんとお話しできたらいいなぁ。きっと楽しいと思う。


 パパはわたしがあいちゃんを育てていることを、あまりよく思っていないみたい。あいちゃんの話をしようとすると逃げちゃうし、わたしがあいちゃんをさわったりしていると「あんまり変なことするんじゃない」とかいう。

「変なことなんかしてないよ」

「でも、お友だちはみんなやってないだろ?」

 そう言われてみると、わたしがやっていることってちょっと変、というか変わっているのかもしれない。ママも■■■やあいちゃんのことはほかの家の人にはないしょだって言うし、テレビとか本とかも■■■が出てくるのを見たことがない。

 ないしょだって言われてるから、もちろん誰にも話していない。でもたまに、あおいちゃんだったらわかってくれないかな、と思う。

 あおいちゃんは勉強もスポーツもできて、背も高くてかっこよくて、わたしとは全然ちがう。でもそういうところじゃない、もっと大事なところが似ている気がする。これが「気が合う」ってことなのかな、と思う。

 あおいちゃんとあいちゃんの話ができたらいいのになとか、もしかしてあおいちゃんもこっそり■■■を育ててないかなとか、色々想像してみるのはけっこう楽しい。もちろん、ちゃんとないしょにしているけど。

 ママは「パパには■■■のことはよくわからないの。パパはよそから入ってきたおむこさんだからね」って言う。パパの会社が大きくなったのは、今はもういなくなったママの■■■のおかげだって言っている。だからうちでは、パパじゃなくてママが一番えらいひとって感じだ。パパは社長さんでえらい人だと思うけど、ママには頭が上がらない。


 あいちゃんとお話しできないままだけど、わたしは五年生になった。

 あおいちゃんと同じクラスだし、多岐川先生が担任なのでラッキーだ。多岐川先生は面白いし美人だから、みんなから人気がある。だんなさんと、大型犬といっしょに住んでいるらしい。時々ワンちゃんの自慢をしているところがかわいいと思う。

 あおいちゃんは五年生になっても、勉強もスポーツもできてかっこいいままだ。でも最近は、「おばあちゃんが先生に会いにいこうってうるさい」らしい。

 先生っていっても、学校の先生とかじゃないみたい。どういう先生なのかは、あおいちゃんもよく知らないみたいだ。

 あおいちゃんのおばあちゃんはやさしいし、浴衣とか自分で縫っちゃうすごいひとだ。でも、正直ちょっと苦手だと思っている。あおいちゃんもそうらしいけど、家でお祈りをしたり、お札を貼ったりしているのがなんだかこわい。なんのお祈りか全然わからないけど、聞いているとなんだか背中がぞわぞわする。

 聞かせたことはないけど、あいちゃんもきっとあのお祈りは嫌いだと思う。


 五年生になって少しした頃、パパがうちに帰ってこなくなった。

 でも、ママは全然あわてていない。

「大丈夫、あいちゃんをちゃんと育てていれば、全部思いどおりになるから。なんの心配もいらないの」

 ママはそう言って、ふわふわ笑っている。

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