第2話 幼馴染みと視えた理由
部屋の片付けを初めて何時間か経って、来た時には昇っていた太陽もすっかり沈んで、カーテンのない窓からはちょっとした夜景が見えるような時間になってしまった。
だと言うのに、文字通り荷物を全部ひっくり返したような部屋の片付けは、まだ終わっていない。それどころか、まだ半分終わったかどうかという所。
「あ゛~も~終わらない~……!」
これから寝室になる(予定だった)部屋から出てきた結夢は、屈んでいる陽斗の背中に覆い被さるように抱きつく。
本来ならここで男が顔を真っ赤にしたりするものなんだろうが、悲しいかな、幼馴染み故、陽斗は慣れていた。
「お疲れ様だしありがとうとも思ってるけど、さすがにまだやってる俺の邪魔をするのはどうなんだ?」
後ろから腕ごとがっちりホールドされては、流石に陽斗も抵抗出来ない。強引に振りほどけないこともないが、そんな事をしてコケて怪我しました、とかたまったもんじゃないからだ。それを言い訳に何をさせられるか分かったものではない。なお、一度経験済みである。
だからこそ、逃げないのだが……。
「む、邪魔とはなんだ邪魔とは! 完璧美少女結夢ちゃんがこんなやってくっつくのは陽斗ぐらいなんだぞ〜」
そんな事はお構い無しでそのまま抱き着いてくるのが、幽々原結夢という少女である。高校に入学したてとは思えない発育の良さと、肩ほどの長さの紫がかった銀の髪。本人の言う通り運動も勉強も、家事もできる天真爛漫ハイスペック。そして、陽斗から見ればわがまま大魔王のような少女である。
「ごめんなさい怨霊さん、これは浮気じゃなくてこいつが勝手にやってるだけなんです……」
恐らくこの家のどこかにいるであろう怨霊さんに、陽斗は謝罪しながら、陽斗はふと思い出した。
「そういやなんでだ?」
「何が」
陽斗は昔から、視えない体質だった。小さい頃の、無邪気で幽霊を怖がってなかった頃の結夢がどれだけ霊的なものを見せても、陽斗には視えなかったし、それからちょっと成長して、結夢が、幽霊は危ない、と言い始めてから二人で行った場所で、結夢がどれだけ「霊がいる」と、怖がっていても、陽斗には分からなかった。
「あのさ、なんで俺にもあの霊は視えたんだ?」
「あれがとんでもなく強い霊だから」
単純明快でいて、一番説得力のある答えである。
「もう少し詳しく言うと……と思ったけどここじゃ丸聞こえだしなぁ……」
うーん、と少し首をひねって、結夢は、いいこと思いついた、というように陽斗に言った。
「ご飯食べいかない?」
──────────
「……あのさ、遠慮って言葉知ってるか?」
正面に座る結夢の前に並ぶ料理の山を見て、陽斗は思わず声を漏らした。
ドリア、パスタにハンバーグ、ステーキ等々、比較的優しいお値段のファミレスではあるが、それにしたって量が多すぎる。しかも、当然のように結夢は財布を持たずに来たので、支払いは陽斗である
「もちろん。わたしが食べ物残すとこなんて見たことないでしょ?」
「いや、うん、まぁ……」
俺が言いたいのはそうじゃないんだけどなぁ、という言葉を炭酸で流して、陽斗はとりあえず結夢を眺めることに。何か言ってダル絡みされるのも困る。
成人男性でも厳しそうな量の料理たちが、みるみるうちに、結夢の口の中に吸い込まれていき、細い体の中に消えていく。まるで魔法のよう、という例えがとてもしっくりくる光景だった。
そして、八割方食べ終わったところで、初めて結夢が口を開いた。
「よし、じゃあいいとこ食べ終わったし、何も知らない陽斗に説明しよっか」
よいしょ、と胸をテーブルに載せるような感じに座り直して、結夢は話し始める。
「まずは、とんでもなく強い霊って説明したけれど、少し訂正。あれ、どっちかと言うと祟り神に近い」
「まじで?」
「まじで」
最初から衝撃すぎて固まっている陽斗に、結夢はさらに続ける。
「日本三大怨霊っているでしょ? あれのちょっと弱いバージョン。正真正銘、名前通りお化けって感じ。落ち着かせるために、って小さめのお社立ってても私は納得できるかなーって感じ」
軽く手をたたいて、結夢は、緩い喋り口に似合わない真剣な表情で、陽斗に問う。
「さて、ここまであの霊のヤバいところを説明した訳なんだけど、これでもあの家に住む。あの子と暮らす。そう言うの?」
不安そうに、結夢の瞳が揺れる。いなくならないで、と訴えるような視線が、陽斗の心を揺さぶる。
「俺、は……」
一瞬だけ目を逸らして、すぐにまた、まっすぐと結夢を見て、陽斗は口を開く。
「俺はそれでも、もう少しだけ、あの人とあの家で住んでみる。俺だって、何も調べずにあの家に住むって決めたわけじゃないから」
「………………」
「…………」
「……………………ぷっ、あはは!」
陽斗と結夢の間にしばらく無言の時間が生まれた後、我慢できない、と言うように結夢が吹き出した。
「まぁ、そりゃあそうだよね。あんなのと暮らすのに何も調べてないわけないか」
「……試してたのか」
「いや? 今日一日、ずっと本気で心配してたし、今も心配だよ?」
こてっ、と首を傾げながら、結夢が笑う。
「でも頭ごなしに否定するのも良くないからね。一先ず、陽斗の言うことに従ってみようかなって」
「ありがとう」
「うむ、その代わり、私も一枚噛ませて貰うからね。何かあった時のために」
少しだけ、いつもと違う雰囲気の結夢に緊張していた陽斗は、やっと緊張の糸を緩めることが出来た。
「取り敢えず今日はもう疲れたからゆっくり休もう。ほら、帰るぞ」
「えー、デザート……」
「……破産させたいのか?」
「冗談! はい、お会計よろしく〜」
「ちくしょう……」
さっさと店から出ていく結夢を睨みながら行った会計は、それだけで陽斗を破産させるには十分だったとか何とか。
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