第27話 入り鳥
いり鳥の材料を買いたい。放課後、帰り道、アリッサさんが家に帰るのが不安だと言うので送ることに。外は雨が降っており、傘を差して歩く。
「アメェーリカではデフォルト? あー何と、基本? 基本、ソロは、ダメ。仲間、必要です。私、二人と、仲間、なりたい。仲間なかーま」
「アメェーリカってなんだ。アメリカって言えよ。なんでソロはダメなんだよ」
ヤンとアリッサって気が合いそう。
「ソロは、襲われる。襲われます。狙われます。こっちは違うますか?」
「こっちはソロだと惨めだか襲われないとは言えないな。日本だと……制服着て電車乗ると痴漢に会うな」
「おぉ、もっとスローリィ、プリーズ。早い、早い」
「なぁ、俺、コイツが何言ってっかわかんねぇ」
「日本は、ソロでも、アメリカより、安全かもしれない。けど、危険なわけじゃないから、注意はしてね。変な人はいる」
「へへっ。Kind。優しい」
アリッサの手が、手を掴んでくる。
「あ゛?」
ヤン、顔が怖い。ヤンキーだよそれ。
「私、You、貴方と、フレンドリーなりたい」
「何言ってんだよコイツ‼」
「友達になりたいって言ってます」
「あ゛ーん?」
だから顔がヤンキーだよヤン。
傘に雨の落ちてくる音。私の傘は白、ヤンの傘は赤、アリッサの傘はピンクだった。
ふと、向こうから足が来るのが見える。雨脚に混ざって足が見える。雨音で足音が消えているのかもしれない。ヤンが止まり、不思議に思ってヤンを見る。ヤンは傘を少し上にあげ、硬直していた。
アリッサがヤンに声をかけようとして、ヤンの方向へ視線を移し、止まった。どんよりとした雲のせいで、今日は夜が来るのを早く感じる。
歩いて来た足が通り過ぎていく。
アリッサが尻もちをついた。
傘を肩に置いて、アリッサに両手を差し出す。
「そっソーリー。少し、驚きました」
「大丈夫?」
「へへっ。へへへへっ。やっぱり、そうなんだ。へへへっ」
「ヤン」
ヤンを呼ぶとヤンの視線がこちらを向く。耳についた赤いピアスが綺麗。サンゴみたいな飾りがついている。
「あ? あぁ、わりぃ。つうかなんでコイツ尻もちついてんだ」
「ソーリー……腰を抜かしてしまったみたいデス」
「お前、絶対普通に日本語喋れるだろ」
「勉強しました。でも流暢よりこっちの方が、日本人喜ぶ教わりました。すみません。腰が抜けました。立てません……」
「しょうがねぇな」
ヤンがアリッサに手を貸して、おぶさろうと、して、失敗した。
アリッサを背負う。冷たい雨水の感触。お尻が冷たい。スカートが少しジャリジャリしている。
「おっおい‼ 俺は別によろけただけだぞ‼」
「え? うん」
「ほんとだぞ!?」
「うん」
「ソーリー。私の家は近くです。ごめんなさい。濡れてしまいます」
「私達、お家に行って大丈夫?」
「ノープロブレム。ソロです」
「すごいね、一人で来るなんて」
「へへへっ。そうですか? 」
アリッサの家はマンションの一室だった。結構大きい部屋。旗とかかけてある。
「味気ねぇ部屋だな」
「さすがに家具はもってこれまセン。こっちで揃えるつもりだったのデス。シャワーいただきまスネ。ヤン、寛いでいてくだサイ」
「お? おう。ちょとまてぇ‼ なんでそいつを連れて行くんだよ‼」
「私のせいで濡れてしまいまシタ。から」
「お前先入ればいいだろ」
「一緒に入ったほうが効率的」
犬と目が合う。
「やっぱり、見えてますね」
「何わけのわからねぇ事言ってんだよおめぇよ」
「ちょっとこの人、なんか変です」
「変じゃねーよ‼」
お風呂入るなら早く入らないとアリッサさん風邪引きそう。
「へへっへへへっ。今日は、アリッサ、一人は辛いので、泊まってください」
「あ゛!?」
「ヤンも見ました‼ よね‼ あれ‼ 泊まってください‼」
「おっおう……」
アリッサさんはホラーが好きらしい。特に日本のホラーを好んでいると言った。
「狭いです」
「いいだろ別に」
「ヤンはお風呂いらなくないですか?」
「俺だって濡れたっつーの。あとヤンて呼ぶな」
「ヤンはヤンです。下は黒いんでスネ」
「マジころす‼」
狭い、お風呂、水の音、ぽたり、髪から落ちて、ポタリ、水面には透けた私が映っていた。
外で雨の音がする。なんだろう、時たま、糸を張りつめるような金切り音がして、耳から入ってくるその音が痛くて目を細めてしまう。金属を引き絞るような音。
隣にヤンとアリッサさん。
さっきまで体を洗っていたけれど、電灯が点滅を始めると泡もろくに流さずに二人して入ってきた。お湯が溢れて零れる音が大きくかった。
「ちゃんと電球変えとけよ」
「えるぅいぃーでぃーです。ちゃんと手続きする時に変えまシタ」
「じゃあ、なんで点滅してんだよ」
「わかりまセン‼」
「大きい声出すなよ‼」
「ヤンこそ‼」
点滅する電球が瞬くたびに、磨りガラスの向こうに影が見えた。ごくり、とヤンとアリッサさんの唾を飲む音が聞こえる。
二人とも静かになって影はゆっくり動いていた。
今日はいり鳥作ろうと思っていたのに材料を買っていない。そろそろ体もあったまってきてぬくぬくして気持ちいい。ヤンの肩がくっついている。人肌って妙に気持ちいい。ヤンはスタイルが良かった。アリッサも細いし肌の色がとても綺麗。
そろそろ上がろう。買い物行きたいし今日は絶対いり鳥作るって決めている。
母に連絡も入れないといけない。
お風呂から出ようとすると腕を掴まれた。見るとヤンが口を結んできゅっとしていた。
「今はやばいって」
「今日はいり鳥作りたいから。買い物行きたい」
「いっいりどりって」
ヤンが手を緩めたのでお風呂から出て扉を開ける。
なぜだか二人も上がってきて、そんなに急ぐと怪我するのにと、転んだ時の対処だけは覚悟しておいた。
「二人はもっと体温めないと湯冷めしちゃうよ」
「おっおう」
「もう十分温まりました」
そうなんだ。扉の向こうに女の人がいて珍しいと思った。綺麗な人、鏡を見ている。アリッサ……さんとは関係なさそう。二人ともそっちを見ていない。
私も将来一人暮らしする時はこんなアパートやマンションに部屋を借りるのだろうか。そう考えると、不思議と、胸の奥、心のリズムに心地よさを覚えた。若ちゃんとシェアハウスすることになるのかな。シェアルームかな。
アリッサさんがちょっと羨ましい。
いり鳥の材料を買う時、横にいたヤンから石鹸の良い匂いがした。
「おめぇ化粧を落とすと意外と地味だな」
「ほっといテヨ‼」
「やっぱ日本語流暢じゃねーか‼ なんだあめぇりかって」
「ナチュラルな発音‼ ヤンにはわからない‼ メイク落として美人になるっておかシイ‼」
「うるせぇ‼」
「あんまり大きな声出すと迷惑になるから」
「貴方は……メイクしてたの? 入る前と後で全然変わってませんケド?」
「一応、クリームとチークはしてたよ」
「それだけ?」
「それだけ」
「なんで!?」
「お前うるせぇよ‼」
「ヤンのがうるさいです‼ なんで? 理解できない。ナチュラルでなんでこんな、ヤンは明らかにおかシイヨ」
「せっかくお風呂入ったのにまた冷めちゃうね」
そう言うと、ヤンとアリッサさんの表情は苦笑いに変わった。もう夜が始まっている。曇り空だからか建物の中も静かで少し重い。
買い物を終えて外に出ると、犬が待っていてくれた。
最近、先生とゆっくり会えていない。それを少し寂しいと感じた。
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