第28話 入り鳥②


 「俺、お前と結婚するわ」

 夕食を食べ終えるとヤンが唐突にそう言った。

 食器を下げている。アリッサさんが変な顔をしている。

「私、お前、嫌いダヨ。答えはNoダヨ」

「おめぇに言ってねぇよ‼」

「おめぇじゃねーダヨ‼」

「いり鳥超うまかった。こんにゃく舐めてたわ。こんな美味しいものなんだな。初めて食べたわ」

「日本の料理ダヨね。とても美味しかった。ご馳走様。でも、よかったでスカ? こんなご馳走になッテ」

「今日はどうしてもいり鳥作りたかったから。アリッサさん、日本語上手だね」

 ちょっと発音のニュアンスが違うけれど。

「貴方も変わってまスネ。ヤンほどではないでスガ。あっ茶碗は私が洗いマス。日本語はとても勉強しまシタ。すごく大変でシタ」

「てか箸無くてびっくりしたわ」

「アメェリカでは使いませんからね」

「出たよアメェリカ」

「ぐぎぎぎぎっ。あっ、アリッサで、呼び捨てでいいですかラネ」

 台所に行って食器を洗う。家にはまだほとんど物がなくて冷蔵庫の中にもあんまり物は入っていなかった。お米を炊く時間はなかったので、市販のインスタント米をレンジでチンッして食べた。

 コーヒーとお茶のパック、お菓子も買ってある。

 外の雨の音が大きい。相変わらず金切り音も聞こえる。今日は嵐になりそう。母を思い、先生はどうしているだろうかと。なぜ先生を思うのか、そう考えた時、母と先生の雰囲気が似ていることに気が付いた。

 食器を洗い終えたらパックのお茶を入れて、お菓子を食べながらのんびりする。

「これがお茶」

 アリッサはお茶飲むの初めてなんだって。

「おちゃちゃ」

「おちゃちゃちゃちゃ」

 二人でヤンを見る。

「あ゛?」

 ヤンは乗ってくれなかった。

「アメリカでは普段何飲んでたの?」

「そうでスネ。スムージーとかですネ」

「スムージーなんだ。野菜の?」

「そーベジタブル。あとフルーツ。プロテインなんかも入れます」

「普段の飲み物なの?」

「イエスイエス。コフィも」

「朝ご飯は?」

「ブレックファーストでスカ。そう……そうでスネ。オーバーナイトオーツとか良くイートしてまシタ。フレンチトースト、ベーグル、シリアル、オートミールなどなどぅ」

「そうなんだね。お茶どう?」

「ん……グッド。マウス。何でしょう。口の中がクリア、すっきりしマスネ。入り鳥? ベリーグッド‼ 好き、ライク。ジャパニーズスタイル? 全然違います。アメリカと」

「アリッサって食べないものある?」

「ノープロブレム。なんでもオッケー。ライス‼ ライス‼ 好き‼ カタメ‼ 好き‼」

 オーバーナイトオーツは一晩浸けてヒタヒタになったオートミールの事。日本とはやっぱり全然違う。オートミールは食べたことある。

 アリッサからアメリカの日常の話を聞きながらヤンのスマホで動画を見た。少し寒くて、ブランケットをアリッサが出してくれて、カーペットの上、うとうとしてくる。着替えは無いけれど歯磨きは買ってある。歯を磨いて終わったらヤンが私の歯磨きを使っていた。別にいいけれど、それでいいのかな。

 ベッドもないし布団もないから、カーペットの上、ブランケットをかけて、雨の音がして、目を閉じると、雨の音だけが耳に心地よくて。川の字。空気は肌寒いけれど、かたまると温かくて、うとうとうとうと、軋む音、歩く音、端っこがいいけど、真ん中、二人が身を寄せきて、やっぱり寒いのかなと思う。

 女の人は寝ないのか、うろうろしていた。

 夜寝る時、真っ暗な闇が見える。瞼の裏を見ていると、見たことの無い風景や人物が映る。意識してはいないのに、こんな情報が頭の中にあると少し不思議。暗い闇の中なのに、それには色がついてく。見ていれば見ているほど色がついていく。

 耳を澄ませば声が聞こえる。意味を読み取ることはできないけれど、色々な声が聞こえる。見たことの無い御爺さんが私を見つけて縋り付こうと、私はそれを見ていて、お爺さんは手を振り回して私を掴もうとしていた。不思議。まるで木で出来たみたいな不思議なお爺ちゃん。

 女の人が歩いて行く。夕日の方に、倒れてべちゃりと広がって、手を繋いでいた女の子が私を見ていた。じっと見ていると女の子は崩れながら私に向かってきた。走って向かって来て、べちゃりと通り過ぎていった。

 夢を見ているのかな。

 何処だろう。街灯、何かが走って来る。何かがこちらに走って来る。ここに向かってくる。

 ふと気が付いて目が開いた。やっぱり夢を見ていたみたい。

 明かり、眠れないのか、ヤンが持つスマホの明かり。

「わりぃ、起こしたか」

「ううん。眠れないの?」

「ちょっとな」

「そうなんだ」

 雨の音がしない。

「雨、止んだね」

「あぁ、そうみたいだな」

「私、ちょっとコンビニ行くけど」

「今から? もう二時だぞ」

「ちょっと、買いたい物があるかも」

「こんな時間にコンビニなんて危ないでスヨー」

 アリッサも眠れないのか、うとうとしていたみたい。

「時差ボケです。うとうとはするのでスガ、グースカ眠れなクテ」

 アメリカと日本の時差は十三時間もあるから仕方ないよ。

「コンビニに買いに行くけど」

「一緒に行きマスデスマス」

 夜に外に出るのはあんまりよくないけれど、コンビニはマンションの向かい側。玄関から出て手すりより下を見ると明かりが見えた。今は節電もあるのか、街灯の明かりが消えている箇所もある。ちゃんと夜が夜をしている。

 雨の音は弱くて風も弱い。霧が少し出ていて歩いて、階段、下を見た。

「ちょっと待ってね」

 ヤンとアリッサの服を引っ張って、いずれは屋上へ続く階段前に立たせる。

「静かにしててね」

 じっとしていると、声が聞こえてくる。二人と目を見合わせると、二人は私の服を掴んできた。階段の下から現れたそれは、私達の目の前を通り過ぎ、それを見送った。

 私達がさっきまでいた部屋の玄関にべちゃりとへばりついて、隙間から中へ入っていく。

 悲鳴が聞こえる。

「ごめん、行こっか」

「あぁ。つうかさみぃ」

「……え?」

 コンビニでチョコレートとカイロを買った。

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