第25話 祖母③

 夜になったらみんな帰ってしまう。若ちゃんや以蔵さんも夕ご飯を食べたら夜行列車で帰ってしまう。

「あんた、以蔵はん、そういえば聞きたかったんやけど、あんたは結局どっちなん?」

「異なる事をお聞きなさる。どちらとは?」

「わかってるやろ。別に深い意味はないわ。どっちや聞いとるだけや」

「嫌な質問をしなさる。あっしの心が竜の傍を離れたことは一度たりとて無い」

「……ふうん。ほうか。気を付けて帰りよ」

「ではまた来ます」

「お気をつけて」

「ほな、うちらも帰ろか」

「あんたが仕切りなさるな」

「うちらの仲やろ?」

「どの口が言いよる」

 八重さんや多江さん達も帰る。

「お嬢……来年、また来ます。約束、忘れないでください。私は、絶対守ります」

「あっはい」

「なんや約束って」

「あんたはいいから早く行くわよ」

「辛い事があったら家においでや? 困ったことがあったら家に来るんやで?」

「ありがとうございます」

 そうは言ってくれても八重さんが何処に住んでいるのか聞いたことがない。

 みんなを見送ると、家の中は静かで、さっきまでの喧騒が嘘のようで、少し寂しくもあった。

「疲れたわね」

「うん」

 遠吠えが聞こえる。オオイヌさんも近くに来ていたのかもしれない。これで終わりじゃない。後片付けが待っている。お皿などを下げていると、いたるところに見慣れないコインや大粒の石が落ちていて、毎年ながらびっくりする。母が言うには大粒の砂金らしい。

「こんなにいいのにね」

 母はそう言いながら慣れた手付きで小銭や砂金をお皿と分けていた。

 見慣れない紙が目に留まり、拾って眺めていると、母が覗き込んでくる。

「軍用手票……」

「なんの紙なの?」

「さぁ何かしらね。片づけたらお風呂入りましょう? 背中流してあげるわ」

 それ逆だと思う。私よりも母の方が疲れていると思う。高校生にもなって母とお風呂に入るのはどうかと思うけれど、私はまだまだ子供のようで、母と湯船に浸かっていたら、うとうととしてしまった。


 お風呂から上がったら、麦茶を冷蔵庫から出して、二つのコップに注ぐ。片方は母の。呼び鈴が鳴る。こんな時間に。

 玄関に向かうと着物を着た少女が立っていた。黒い着物、銀の刺繍、蝶。その後ろには女の子、黒髪、少し焼けた肌、左半分に包帯。右目だけ見えるけれど、その目は以蔵さんの目の色に良く似ていた。

「わりぃな、邪魔するよ」

 少女……整いすぎているほど整いすぎている。お人形みたい。お口悪い。

「へぇ、珍しいわね。あなたが来るだなんて」

「夜遅くだが大丈夫だろう? つうかこの時間にしか来れねぇ」

「いいけれど。今はなんて呼べばいいの?」

「ミコトでいいよ。あぁ、そうだ。お嬢ちゃん。ちょっとコイツを見ていておくれ。燈彼、大人しくしときな」

「確かに昼間に来たら結構大変だったかもしれないわね」

「まぁな。お前、丸くなったもんだな」

「貴方ほどじゃないわ」

「はははっ言うじゃないか。…………たのが懐かしい」

「結局どっちも死ななかったけどね」

 少女、女の子は母と一緒に書斎に行ってしまった。祖母の遺灰は無い。写真も無い。遺骨も無い。位牌もない。残っているのは書斎だけ。だから祖母と親しかった人は書斎に入る。

 燈彼と呼ばれた女の子を居間に案内する。楽にしてくださいと言うと、燈彼さんは畳の上にぺたりと座った。そしてぼんやりとこちらを見てくる。まるで好奇心の無い子犬みたい。

「お饅頭食べますか?」

 お饅頭を差し出すと燈彼さんは手を伸ばして、口を付けて食べはじめた。

 この人、女の子じゃない、男の子だ。

 日本人形に北欧の血を一滴だけ零して作り上げたかのような、私とは異なる血筋を感じる。漂ってくる桃の匂いは左目を覆う包帯から。いい匂い。

 饅頭を飲み込んだのでお水を差し出すと、コップを掴んで口を付ける。こくこくと飲み込んで、また饅頭を差し出すと、舌をぺろりと出して口の周りを舐め饅頭を受け取って食べてくれた。

 何か喋る必要なんてなくて一緒にぼんやりしていたら足音が聞こえ、ミコトさん、と呼べばいいのかな。ミコトさんが来て、燈彼さんを連れて行ってしまった。

 玄関から見送った先の外は真っ暗で、溶けるように解けるように。

「受け取らなくてよかったの?」

 帰り際にミコトさんから封筒を渡されそうになった。燈彼さんを見てくれたお礼だって。でもそれを受け取ってしまったら、お金のために燈彼さんと一緒にいたような気がして気が引けた。燈彼さんと一緒にいることにお金は必要無いと思う。

「貴方は遠慮しなくていいのよ」

 母が頭に封筒を乗せ来て顔をしかめてしまった。中には三万円も入っていてびっくり。八重さんや多江さん達からも封筒を渡されていて中にお金が入っていて顔をしかめてしまった。年に一度、あの人達に会えることが、お金のためになってしまうような気がして、それでもお金は純粋に嬉しくて、何とも言えず顔をしかめてしまうだけ。

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