第23話 祖母
祖母の命日になると沢山の人が来る。どの人も親戚では無いらしい。
夜中から料理を作る。栗ご飯やお赤飯、沢山の果物を剥いて皿に盛りつける。朝四時になったら玄関の扉を開ける。扉の前にはもう人がいて、手に持った山菜や果物、魚介類、お肉などを渡してくる。特に挨拶などもなくて、頭を下げて、料理を食べて、いつの間にかいなくなり、別の人へと入れ替わる。
一番に来るのは決まって女の人で、この人の母の母の代から一番に来ているらしい。
「久しぶりやねぇ。おおきゅうなって、相変わらず、えぇ体しとるねぇ」
えぇ体しとるねぇというのは、元気そうだねという意味。独特の方言、八重さん。八重さんのお母さんにも会ったことはある。
「お久しぶりです」
「これ、うちからお土産や。うちも手伝うけん、一緒に料理しよな」
訛りが独特。関西圏というか、少し標準語。
背後には二人の子供。着物を着ていて二人ともおかっぱ。双子かな。
「はい」
八重さんも着物を着ていてとても美人だ。
母と八重さんは仲がいい。八重さんは料理も上手。台所へ来た八重さんは袖をめくり、白い布で固定すると母の横に立って包丁を持つ。
「あんたのこないだ作ったゲーム。うちもやらしてもろたわ。うちの子はあんたのゲームが好きでねぇ」
この子達がするのと二人の子供を見る。二人は不思議そうに私を見上げていた。
一応十八歳未満お断りなのですが。そう言おうと思ったけれど、作った私も十八未満なので、指摘するのはやめた。
「わんコロゲーム。あれうち好きやで。犬は嫌いなんよ。うるさいし臭いし汚いし、せいせいしたわ」
両手を握られる感覚がして、見ると、子供二人が私の手を握っていた。
「あんたら邪魔したらあかんえ。ごめんなぁ、まったくこの子ら、全然うちの言う事聞かへんねん」
「そういえばあなた、最近割れたらしいじゃない?」
「あんなんうちちゃうわ。騙される方が悪いんや。噴き出してるのも硫黄やらなんやらで、うちが毒出してるわけやない」
「あらそうなの」
「あんた、何年の付き合いや、ここにいる時点でおかしかったやろ」
母と八重さんは楽しそうに会話していた。
お客さんはお昼を過ぎても途切れることは無い。
みんなが持ち込んだ食材を母達が料理して振る舞っていく。
料理を手伝う女性が増えて、私は果物を切って並べて運ぶのを永遠と繰り返していた。
「やっぱり、あんたの料理が一番人気やんな」
八重さんにそう言われて果物を切って盛っているだけなのにと不思議に思う。私の料理というより果物が人気。
「やっぱりいい匂いやんな」
果物は良い匂い。
「おいしそうなえぇ匂いやわ」
熟れた果物だからね。匂いも濃い。特に桃は少し前から仕入れて完熟より少し先。母が何度もつまみ食いしようとしたぐらいだ。
「邪魔するよ」
凛々しい声が聞こえて恰幅の良い女性が入ってきた。
「あら、団三郎のとこの。まだ生きとったんか」
恰幅のいいこの女性は、お多江さん。
「それはこちらのセリフ。相変わらず細い女だね。そういえばあんた割れていたけれど……その様子では大丈夫そうね」
「それはうちやないて」
ちゃんちゃんこを来た子供が沢山来て、まとわりついてくる。
「あんた達、その子に無礼したら許さんで」
「大丈夫です」
「大きくなったわね。今年で十六だったかしら。時が経つのは早いものだわ。いい匂い」
「あんた昨年もそれ言うてやないか」
「はっはっはっ。まったく年は取りたくないものだね。あんたも元気そうね」
お多江さんも母とは仲が良い。
「えぇ、お多江、団三郎さんは元気?」
「あの年寄りは殺しても死にそうにないわ。あんなよぼよぼになっても生きているのだからまったく。まぁ、死んだら死んだで厄介だけれど」
「お多江も来たし、そろそろ太三郎や、芝右衛門のとこのもきそうやんな。うちは少し休ませてもらうわ」
八重さんは一応お客さんだからむしろ休んでほしい。
「えぇ。ゆっくり休んで」
母もそう言った。
「あんたも休み、あんたも休みーや。任せてもええよな?」
「えぇ、ドンと任せておきな」
私と母を交互に見ながらお多江さんはそう言って、母は私を見て、それからお多江さんを見て頷いた。
「そうね。少し休憩いただこうかしら」
「そやで、疲れたやろ。ささ、うちと一緒にご飯たべよか。愛でさせてーな」
わぁ。驚く間もなく、脇を抱えられ、私は連れていかれてしまった。
もうそんな子供でもないのに。そう思いながらも反抗できない。八重さんに後ろから抱えられている。周りでは見たことある人、無い人が、思い思いにお喋りしたり、食事をしたりしていた。なんか不思議。
「はぁ、あんたほんまにかわええなぁ。えぇ匂いやし、ずっと嗅いでたいわ」
髪に頬を寄せられたり、お腹を撫でられたり、好き放題されている。
「ほらっ、たべぇ」
剥いた果物、フォークの先、口に含む。ここに来る人達はみんなモモが好き。ナシ、リンゴ、みかん、その中でも桃が一番早く無くなる。
「うちの傍を離れたらあかんえ? あんたみたいな可愛い子、ほっといたら連れていかれてしまうわ」
そんなことはない。
隣の母を見ると母は私に流し目をし、食事を取りながら頬を左手の甲で撫でてきた。
「なぁ? うちの子にならんね?」
「あんたの息子は?」
「あぁ、あれはダメや。可愛げのない奴や。あんなに愛情たっぷり育てたのにすっかり生意気になってしもうて。それにもう息子って感じやないしね。大きくなりすぎや。なんやおんみょう堂とかいうのにはまっとってな。けったいな名前の堂やと思わへん? まったく」
頭をナデナデしてくる。おんみょう堂はインターネット動画サイトに動画を投稿している団体の名前。陰陽師の人が陰陽師の恰好をして心霊現場を回っている動画を上げている。
見たことがある。でも陰陽師の人は別に払う気なんかなくて儀式して雑談して終わる。
八重さんの息子さんは背が高くて女性に人気がある。
「ほんまかわええな。なぁ? この子うちにくれへん?」
「それは無理」
「そないに無下にせんといてーな」
「無理なものは無理よ。貴方の所じゃ育てられないわ」
「そないなことないわぁ。ケチィ。それにしても、えぇとこに家建てたんやねぇ」
「そうね」
いいところにある家なんだと八重さんを見ると、八重さんはにこっと笑みを浮かべてきた。
「ここな、山間にあるやろ。適度に寒いとゴキさんがようでぇへんの。でもなぁ、寒すぎると今度はカメムシさんが沢山でるんよ。でもこの位置なら、周りの家が代わりになってくれて、カメムシさんもここまでこないんや」
「そうなんですね」
「そうや。ほんまぁ……かわええわ」
「貴方に渡したら甘やかしそうだからやっぱり無理ね」
「むう……あんたもどうせ甘やかしとるんやろ‼」
八重さんは頬を膨らませて、でも無邪気なお姉さんのように愛でてくれた。
うとうとと夕方。和らいできた日差し、少し眩しくて、少し寂しい。
「ごめんなすって」
玄関から声。庭の日差しでうとうとしていて、うとうとしながら玄関へ。黒い帽子と黒いコート、グレイヘアのおじいちゃんが立っていて、目が合うと帽子を取り胸の前に。
なんと言えばいいだろう、いらっしゃいませって言えばいいのか迷っていたら、母が前に来て床に膝つけた。真似をして母の後ろで床に膝を付ける。そういえば決まりがあるのを忘れていた。寝ぼけているなんて少し間抜けだ。
「これはこれは、遠いところをようおいでなさりました」
「いやいや、こちらこそ遅くなってしまい、申し訳ない」
「いえいえ、どうぞおあがりなさって、羽を休めてください。ぜひぜひおあがりになってくださいまし」
「これより断るのは失礼と、どうぞお立ちになってください。お言葉に甘えて失礼させていただやす」
決まり文句みたい。後ろには制服を着た女の子が立っていた。
「以蔵はん、あんたいちいちそれ言わな家に入れんの?」
八重さんがそう言って。
「これはこれは、まぁ、一応決まりみたいなものですから。若、ご挨拶を」
「はい。お久しぶりです。父の代わりに参りました。よろしくお願いします」
「えぇ、久しぶりね。若ちゃん」
母が若ちゃんと呼ぶのは小さい頃から知っているから。
「ちゃんはやめてください……。もう子供ではありませんから」
「中学生はまだまだ子供や。そーやろねー」
えー。八重さんの同意圧がすごい。
「お嬢、お久しぶりでございます」
以蔵さんは若い女性をお嬢さんて呼ぶ。だから私はお嬢と呼ばれる。
以蔵さんの目はブラウンだけれど海に似ている。穏やかな海に似ている。
「お久ぶりです。以蔵さん」
頭を下げる。
「随分と大きくなって」
「あんまり変わっていません」
「若っ」
「おっお久しぶりです。お嬢……」
「お久しぶりです。若様」
「そっそんな、様はやめてください。若でいいですから」
「なんやあんた。何を恥ずかしがってるんや」
「別に恥ずかしがってないです。久しぶりに会えたのが、嬉しくて」
「私も若に会えて嬉しいです」
そう言うと若の顔がぱっと明るくなって少しびっくりした。
「さぁさぁ、ここで話していないで、奥に入ってください。以蔵さん、書斎へご案内します」
「いやはや申し訳ない。ではお願いしよう。若、お嬢と積もる話もありましょう」
「はっはい。お嬢、あちらでお話しましょう」
「あっはい」
「ダメや‼ この子はうちと遊ぶんや」
えー。
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