第21話 山登り

 息が少し苦しい。足が少し重い、顔にかかりそうなジョロウグモの巣を棒で巻いて払う。山道、山の中、母の背中、服の色が濃く浮き出ている。タオル。

 本当なら整備されている道なのに誰も来ないから草や枝が生い茂っていた。それでも母は気にする様子も無く鉈を振るい歩いてゆく。振り返ると背後には私達が通る事で出来た道。

 母がジョロウグモを踏み潰す。

「あんまり生き物を殺さないで」

 そう言うと母が少し笑みを浮かべているのを感じた。この発言は少し矛盾している。蜘蛛だって生きるために同じ生き物を殺す。私達も生きるためには生き物を殺す。私に、そう言う権利があるのか、私が言おうが言うまいが、母は邪魔な生き物は殺す。そしてそれは多分、私のため。私が歩きやすいように。蜘蛛の胴体が割れる。今度は何も言わなかった。

 鳥の声、山の音、風、木漏れ日、葉が揺れる音、でも一番大きな音を立てているのは私達。

 地面にタマゴタケ、枯れ木ヤマブシタケ、食べられる。ヤマブシタケは珍しい。

 ツキヨタケ、これは食べられない。でも夜になると発光する。ヒラタケに似ているから気を付けないといけない。取らないけれど。

 クサウラベニタケ、これも毒キノコ。

 ホテイシメジに似ているけど違う。

 タマゴタケに齧り痕……。

「キノコはとっちゃダメよ?」

「うん」

 見分けられても、本当に食べられるキノコなのか、素人の私には判別できない。

 音がして瞳孔が開く。母を見た。母は額の汗を拭い、私はペットボトルを差し出す。

「貴方、すごい目つきしているわよ」

 道の向こうから、歩いて来る。荒れた道に構いもせずに、段々と段々と、大きくなっていくそれは、人を恐怖させる形をしていた。

 母の振るう鉈が、それを振り払う。

「やぁね。そろそろ狸が繁殖する時期かしら」

「そうなの?」

「知ってる? タヌキって一途な生き物なのよ。片方が死ぬと、片方はその周りをずっとうろうろするの」

「そうなんだ」

「えぇ。やがて衰弱してもう片方を死んでしまうのよ」

「片方だけ殺さないでね」

 両方殺さないでほしいけれど。

「馬鹿ねぇ、ふふふっ」

 山頂は開けていてお弁当を食べた。近くには何かの建物、荒れていて錆びていて誰もいそうにない。山小屋……か何かの建物。

「可愛いからって餌付けしちゃダメよ」

「うん」

 おにぎりを転がそうとしていた私を見透かすように母が言って少し残念に思う。

 タヌキ鍋は美味しい。

 山は好き。やまぶどうにキイチゴ、アケビ、小さい頃はよく食べていた。山菜が好き。フキノトウとか自然薯とか。今はもう取らない。

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