第18話 カラオケ
今日はヤンに付き合っている。昨日着信を放置したらヤンは鬼のように怒った。ひとでなしだの、ゴミクズ野郎だの、妖怪罵詈雑言と化してしまった。別に、私の都合で、連絡を取らなくてもいいじゃない。そうは思うもののヤンの罵詈雑言に拍車がかかりそうなので止めておいた。
「今日は付き合えよ」
「何処に?」
「あー……オケだな」
カラオケはあんまり好きじゃないのに。
歌っている最中に席を立つと、寂しいかなと思って、ヤンが歌っている最中は席を立たないようにした。ジュースはあんまり好きじゃないしウーロン茶だけ飲むのも……。
ヤンはコーラにソフトクリームを乗せたり、クリームソーダにソフトクリームを乗せたり。通り過ぎる部屋の中、透明な扉から見える人達は、どの人も、黒くてもやもやしている。
このカラオケ屋さん、あんまり流行ってないのかな。
歌うのは、あまり得意な方じゃない。歌自体を聞かないので、何を歌えばいいのか歌詞が言えない。荒城の月ぐらいしか歌えない。歌ったら歌ったでヤンに微妙な表情をされた。
色んな歌を歌い終わるとヤンの声はすっかり変わってしまっていて、時間四分前、電話が鳴ったので取る。
「おきゃお客様。お時間です。お迎えのお時間です。どどどどうぞ。お迎えです」
「わかりました。チェックアウトします」
「そこは普通退室しますって言わね?」
「お客様、おむかおむかえっ」
電話を切る。仕方ないじゃん。カラオケってあんまり来た事ないんだもん。
部屋をでる。黒い人型のウネウネしたものが廊下にもいた。今日は盛況のよう。お金になるかは別として。
お店を出たら、河原に。疲れたのか河原の階段に座って私もその隣に座った。
「歌った歌った」
「もう機嫌は直った?」
「そういうことは聞くんじゃねーよ」
ヤンが寄りかかって来て柑橘系の良い匂いがした。
人生は何が起こるかわからないけれど、今日は本当にわからなかった。
「これからどうせ暇だろ。お茶ぐらい出すから家に来いよ」
私は自分を指さし、そしてヤンを指さす。
「ヤンの家に? 私が?」
「はぁ!? なんだよ‼ 嫌なのかよ‼」
なぜ私がヤンの家に行くのか理由を考えている。
「あのなー。友達の家に遊びに行くなんて普通の事だっつーの。友達じゃねーのかよ」
「そうなんだ」
「お前なぁ。まぁいいけど。家に呼ぶっつーのは親しみって意味なんだぜ」
そうなんだ。
ヤンの家は団地だった。マンモス団地と言うほどマンモスでもないけれど団地だ。砂が多くて棟の間は砂場のような道になっていた。道や遊具が若干埋もれている。
人がいないのか、団地は静かで、遊具で遊んでいる子供もいなかった。
通り掛けにヤンがブランコに座って錆びていて少し軋む。シーソーに触れると表面の青い塗装が剥げていた。
「お姉ちゃんあそぼ」
子供いた。
「お姉ちゃん今は遊べないな。もう夕方だし暗くなるからお家に帰ったほうがいい」
「何言ってんだお前?」
子供いない。
小さい頃からヤンはここで育ったみたいだ。
棟の階段を上がる。二階、鍵をさし扉が開く。
「きたねぇーけどあんまり気にしないでくれよ」
「本当に汚いね」
「そう言うのは思っても言うなよな。うちのばばぁがゴミ捨ていかねーから」
中の詰まったゴミ袋多すぎる問題。化粧品のチューブや瓶も雑多に転がっている。ヤンの母親はおらず、入れ違いになったらしい。テーブルの上にはお金と手紙が添えられていた。イラストとハートマークもある……これ口紅のキスマークだ。
「きったねぇなあのばばぁ。まぁ適当に寛いでくれよ」
「掃除しよう」
「は?」
「掃除しよう」
我慢できなかった。
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